フリーマンの随想

その46. あるゼネコンの倒産


* 「 遅すぎた 」 とも言えるその結末 *

(12. 21. 2001)


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確か1989年の春の事だったと記憶している。 前年の秋に米国に移り住み、 2月に妻も合流してくれたばかりの頃だった。 よくある話だが新工場の建設は計画通りには進まず、 私は多忙この上ない、しかも、せっぱ詰まった思いの毎日を送っていた。

ある日、在アトランタ日本総領事館の主催で、 近隣の米国南部諸州に工場や営業所を持つ日系企業の社長たちが集められ、 日本の 「 経済進出 」 につきまとう諸問題を語り合う会合が開かれた。 そこには、当時米国の大学で教鞭を取っていた日本人の教授たちも何人か招かれていた。 渡米後まだ半年も経っていない私も、先輩企業の社長たちの苦労話を聞いたら勉強になるだろうと、 忙しい日程を組み、車と飛行機を乗り継いでアトランタに行き、2日間をあるホテルで過した。

約50人ほどの参加者は、会議の途中、自己紹介と共に、 自分が米国でどういう問題に直面しているか、どういう考えで地域社会の中で経営を行っているか、 などを語り合った。 私は何を話したろうか。 よく思い出せないが、多分 「 何もまだ分かりません。 これからが勉強です 」 くらいしか言うことがなかったと思う。

その時、まだ30歳にもならないと思われる若い青年が 「 私はこの米国の落ち込んだ経済を 助けるために日本からやってきた。 米国人は非能率で怠け者だから、 この国はこんなになってしまった。 私の会社は莫大な金を日本から持ってきて、 シアトルやフロリダであるホテル系列を買収しているが、 これによって米国の地域経済を救ってやっているのだ。 米国人たちはわれわれに感謝すべきだ 」 というような趣旨の話を、胸を張ってとうとうと述べたてた(*1)。

確かに、その頃は、日本経済は絶頂期にあった。 一方米国の財政は 「 三つ子の赤字 」 に苦しんでいたし、自動車をはじめ工業製品はどれも品質故障が多く、 米国の生産者も消費者も、心ある人たちは敗北感を抱いていた。

「 日本的経営 」 「 日本流の品質管理 」 「 日本製品 」 への敬意は国のすみずみまで行き渡っていた。 かく言う私も、1988年の11月9日に南部のある小都市に移住したその翌日、 早速その町の商工会議所主催の 「 全市品質向上運動キックオフ大会 」 事務局の依頼で、 自分の会社がどうやって日本でデミング賞を得たかという1時間ほどの記念講演を行ったが、 その時は、講演の終了と同時に 「 スタンディング・オベイション 」 で盛大な拍手を受けるという光栄を味わったほどであった。 彼等は、敗北感をバネにして、 謙虚に学ぼうとしていたのだった。

あの頃は、ペブルビーチ・ゴルフコースも、ロックフェラー・センターさえも、日本人の手に渡り、 まさに 「 日本経済の絶頂期 」 だった。 しかし、それは後で気がついてみたら 「 バブル経済の絶頂期 」 であったに過ぎなかったのだが。

それにしてもこの青年の発言は傲慢そのものだった。 私も聞いていて大変不愉快だった。 その時、 アラバマ大学で教鞭を取っているという一人の女性が立ち上って 「 あなたの考え方は間違っています。 この国に来たら、あなたはお客様なのに、 この国やその国民を小バカにするようなそういう態度では地域に受け入れられず成功しません 」 と、 ガンと一発食らわせたのだった。 私は胸がスカッとし、家に帰るなりこの話を妻にしたが、 妻は、今でもこの話を覚えているという。 私も、その後はこの一喝を胸に大事にしまって、 自分にも日本人の部下たちにも、謙虚に相手の文化を理解しようとする態度を求め続けたのだった。

この青年が勤める会社は、ホテル業でも不動産業でもなかった。 素人目にもビックリするような派手な買い占めを続けていたのは、なんと、 ある中位のゼネコンであった。 私は、米国で初めて耳にしたその会社の名前を、しっかりと頭に刻んだ。

この会社が、その後バブル経済の終焉と共に巨額の負債を抱え込み、 せっかく買ったホテルも ( おそらく ) 買い値より安く売り払って日本に逃げ帰ったのは、 それから間もなくのことであった。 そして、従業員や下請企業にはお気の毒だが、 経営者や幹部に対しては当然の報いとも言える 「 倒産 」 が、 この会社を待ち受けていた。

そして、それがついに倒産したという報道が、12月上旬、新聞の第1面に出た。
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(*1):あんな若い社員が、あれほど自信満々に述べ立てるという事は、この会社の上層部が、 そういう考えであったからだとしか、私には思えない。 Michael Crichton の、 あの日本人にとっては不愉快な小説 Rising Sun は、この会社をモデルにしたのかとさえ思われる。

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