フリーマンの随想

その6. 歯の健康について

*A 自分の歯を一生 「 もたせる 」 ことができるか?*

(4. 30. 1998)

 堅い話題ばかり続けたので、少し軽い話をさせてください。  記憶が確かではないが8020とかいうキャンペーンがあると聞いた事がある。 なんでも、 歯を大切にして80歳になっても自分の歯を20本以上保とうという意味だと聞いた。  人間には 「 親知らず 」 を含め32本の歯があるが、私は今65歳までに親知らず3本と右下大臼歯2本を失い、 残り27本を保っている ( 米国の歯科医はなぜか親知らずだけはちょっと悪くなると抜きたがる。 3本は米国で抜かれた。  日本の歯科医は抜きたがらない )。

 失った大臼歯2本の替わりは、インプラントというものである。  それは下顎骨にドリルで穴をあけ、歯ぐきを貫いて径4ミリのチタニウムの柱を埋め込み、 これが骨としっかり癒着したら、その上に義歯をのせるという方式である。 米国在住時代、 慎重な事前 「 地盤調査 」 と、半日の全身麻酔手術を含む、半年間に4回の細心な 「 大工事 」 の末、 完成したもので、入れ歯のような煩わしさ ( といっても私はそれがどんなものか知らないが ) の無い、 普通の歯と全く変らぬ使い心地の良いものである。

 この2年半ほど、私は朝起きた後、朝食前は歯を磨かない。  口内をマウスウオッシュ液かお湯でゆすぐだけである。 就寝前にも磨かない。 そのかわり、 3食後、必ず5分以内に時間をかけて丁寧に歯の清掃を行う。  会社で働いていた最後の1年も、会社に用具を置いておき、これを守っていた。

 食後直ちに清掃するこの方式は、 米国で Periodontist と呼ばれる歯周専門医に教えられた方法だが、その上、更に起床後と就寝前と、 日に合計5回も磨いたら歯が擦り減ってしまいそうなので、3食後だけにした。  起床後はともかく、就寝前は、もうすっかり清潔になっている口内を清掃する必要は感じない。

 食後の清掃と言っても、歯ブラシで彼の教えた通りの角度と強さで歯と歯ぐきをゆっくり長時間こするだけだ。  口をゆすいだ後、1日1回は更に彼のくれた4種の用具を順に使い、歯間をひとつひとつ掃除する。  その後口をすすぐと ( 汚い話で恐縮だが ) 歯磨きでもう全部とれたと思っていた食べカスが、 またもや数個出て来て、歯磨きだけでは不十分な事がよくわかる ( 日本にも爪楊枝というものがあるが、 上記の4種の用具と比べると竹槍とマシンガンほどの違いがある。 爪楊枝は歯ぐきを傷つけ易い )。  最後はマウスウオッシュ液で口をすすいで終りとなる。  普通の人はこの食べカスをすべて保ったまま長時間放置するから歯周に炎症ができて虫歯になるのであろう。

 日本語で正式に何と呼ぶのか知らないが Periodontics という歯科の分野があって、 彼はそれだけをやり、一般的な歯の治療はやらない。  彼は先ず 「 ポケット 」 と呼ばれる歯と歯ぐきの接合部の空隙の深さを、 細い検査用具を差し込んで、一本の歯につき数カ所ずつ丁寧に測定する。  1〜2ミリ程度が健康で、4ミリ以上は深いほど不健康とされる。 私が最初に診てもらった時は、 ほとんどの歯について4〜6ミリの範囲で、その頃は歯ブラシを新しいのに替えると必ず血が出た。  リンゴをかじっても血が出た。 日本への出張などで体が疲れると、いつも歯茎が痛くなった。

 次に彼はひとつひとつの歯のポケットから丁寧にカスをほじくり出す。  ふつうの歯石除去 ( scaling ) ではなく、ルート・プレイニング ( root planing ) というものである。  30分X2日の結構大変な作業だった。 翌日からは彼の指導に従い、 毎食直後に丁寧な歯磨き、歯間の清掃および歯ぐきのマッサージを励行した結果、 2カ月後にはすべてのポケットは3ミリ未満になり、歯ぐきは健康なピンク色に変った。  何を食べてもいくら擦っても、もう血は出ない。  このような健康な歯ぐきになるまでは、彼は私が上記のインプラントの手術を受ける事を許さなかった。  「 あなたのポケットに細菌が巣食っている限り、感染症が恐いから顎の骨の穴あけは出来ません 」 という理由だ。

 毎食直後の口内清掃励行なんて到底無理と最初は思っていたが、 習慣になってしまえば少しも面倒ではないものだ。  今の私はこれをやらないと口の中が落着かなくて、食後、次の仕事を始める気になれない。

 上記の歯周専門医は私に向かって 「 貴方が今後もこの手入れを守り続ける限り、 たとえ貴方が何歳まで生きようとも今ある 26本の歯は健康なまま残ります 」 と保証したが、 その後3年近くたった今、この大胆な予言はどうやら本当らしいと、私は実感しはじめている。

*B 口内衛生についての日米文化の差*

(4.30. 1998)

 日米両国の間には、もちろんさまざまな文化の差があり、 その多くはどちらが良いとか悪いとかでなく、要するに 「 違いを素直に認め合えれば良い 」 のだが、 日本人にとっても米国人にとっても、これがたいそう難しい事である。  そこで互いに相手の国に住むといわゆるカルチャーショックを多少なりとも受ける事になる。

 口内衛生についても大きな日米文化の差が有るように思えてならない。  米国では先ず子供の頃にほとんど 「 必修 」 と言う感じで歯列矯正を行う。 結構高価な治療なので、 扶養する子供がこれを受ける場合、医療保険をどのくらい払ってくれる会社かと言う事が、 子を持つ親の就職の会社選びの際の一つの参考資料になるほどである ( 米国では会社ごとに医療保険の内容は大きく異なる。 小さな会社には医療保険制度のないものも多い )。  成人した後も歯並びの悪い人は幼少の頃家庭が貧しかったと判断して先ず間違いない。

 次に口内清掃の差である。  これは挨拶としてのキスを日常的にする人たちの国だからかもしれない。  ある時、私のオフィスに訪ねてきた一人のセールスマンが居た。  私と話している間になんとも言えない良い香りがしてきたので、後で秘書になぜだろうとたずねたら、 彼は先ず私のオフィスに入る前に洗面所に行き、そこで持参のマウスウオッシュ液で口をゆすいだ後、 口内専用の香水のスプレイを一吹きしてから私に会ったらしい。  それはセールスマンのエチケットとしては特に珍しいというほどの事ではなく、 弁護士など客と至近距離で話す商売の人は、一つの心得として、しばしばそうするのだという。  そう言えば多様なマウスウオッシュ液、各種のフロスや電動歯ブラシに始まり、 チューインガムに至るまでの米国の口内衛生産業の規模は実に巨大である。

 これに対し、 日本人 ( 特に中年以上の男性 ) には自分の口内の清潔度をあまり気にしない方が多く、 こういう方と向かい合って至近距離で報告を受けたりすると閉口する事が多い。  いや 「 閉鼻したい 」 というべきか。 米人にもたまにはそういう人がいるが10人に1人以下だと思う。  前の*Aに書いたような歯周炎予防のための食後の口内清掃を励行していれば、 この問題は大半防止できると思う。  相手の顔と自分の顔との距離が50cmになろうと30cmになろうと大丈夫である。  「 いつ突然に口と口との距離が0cm!になったとしても決して相手を失望させない 」 という自信だけは常に保ちたいものだ。

[ ひと口メモ ] 「 家庭外での食事後はとても・・・ 」 と言う方に: 旅行には自分の気に入りの歯ブラシを持参し、そのかわりにホテルでくれる使い捨ての歯ブラシセットは持ち帰って、 通勤用のカバンやゴルフバッグに2、3本入れておく。 外食した後にも役立つし、 オフィスでも急に偉い人に呼ばれた時や大事なお客と密談したりする前に、 洗面所に行きこれを使う。 きっと相手に良い印象を与えると思いますよ。 特に喫煙者は。

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