フリーマンの随想

その30. 一票の格差

* 次の総選挙の国民審査投票にあたって *

(4. 14. 2000 ; 7. 9. および 9. 29.追補 )


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今回は少し趣きの違う話です。 ちょっと硬い話ですが、 最後まで読んで下さればありがたいと思います。

今年の2月18日、よみうりホールで、東京ミーティングという公開討論会が開かれました。 そこでは、最近話題になってきている 「 司法改革 」 について、 千数百人の参加者を前にして、3時間の熱心な討議が行われたということです。 パネルのメンバーは、田原総一郎 ( 評論家 )、保岡興治 ( 自民党 )、江田五月 ( 民主党 )、 宮内義彦 ( 経団連 )、笹森 清 ( 連合 )、清水鳩子 ( 主婦連 )、浅見宣義 ( 裁判所 ) などの各界の論客でしたが、そこで、オリックスの会長宮内義彦氏は、 次のような趣旨の発言をされたとのことです(二弁ニュース202より)。

「 最高裁は日本のシステムに責任を持って欲しい。 日本のシステムとは民主主義であり、 民主主義のシステムの根元は一人一人の権利が同じである事だ。 にもかかわらず、 最高裁は一票の価値につき、いまだに面白い判決を続けている。 こうした判決を続けていることが、司法に対する信頼を最も揺るがすことになっているのではないか。 最高裁判事のうち、8名が判・検事の出身であり、この人たちが保守的な判断をずっと続けている。 最高裁判事の任命方法に手をつけないと、日本が民主国家として育って行かない 」

話変って、4月14日付朝日新聞 ( 東京と北海道版 ) に、 作曲家のすぎやまこういち氏が 「 一票の格差を考える会 」 の発起人代表として、 私財を投じてある意見広告を出しています。 彼は、人気ゲームソフト 「 ドラゴンクエスト 」 などの音楽も作っていますが、 実は私の中学時代からの親友なので、私がこの意見広告の文案作りなどを依頼されました。 ( 彼のホームページ 「 すぎやまこういちの世界 」にアクセスしたい方は ここをクリック して下さい )

この意見広告は、朝日新聞 ( 全国 )、読売新聞 ( 東京、大阪 ) 、産経新聞、 週刊新潮、 週刊文春などにも順次掲載されていますので、すでにお気づきになった方もあるでしょう。 ( この意見広告の内容全体をご覧になりたい方は ここをクリック して下さい )

その意見広告の一部を以下に引用させてもらいますと、

「 最高裁大法廷は、平成十一年十一月十日、平成八年十月の衆議院総選挙について、 一票の格差が二倍以上の選挙区が28( 次の国勢調査では60に増加 ) もあっても違憲ではないと、多数決で判決しました。 驚いたことです。 失望しました。皆さまはいかがでしたか。(中略) しかし、最高裁が判断を下したからといって、すべてがお終いではありません。 私たち有権者には、最高裁判事の国民審査という貴重な権利 ( 憲法七九条 ) があります。(中略) 皆さまがもし 「 合憲 」 と判断した判事たちの考えを 「 受け入れたくない 」 とお考えでしたら、有権者のその素直な判断と意志を、投票を通じて表明したらどうでしょうか(後略)」

今度は話がずっと昔に飛びます。 昭和27年9月18日の朝日新聞の社説 「 裁判官の審査に望む 」 には、次のように書かれています。

「 この最高裁の裁判官の国民審査については、 恐らく国民の大多数がその判断に苦しむところであろう。 (中略) その当時は共産党が中心になって罷免投票を勧奨していたので、 この票数は共産党支持の組織票ではないかとみられたことがある。 (中略) 今回は左派社会党や総評などの勢力が積極的に罷免投票を投ずる運動を起こしているから、 あるいは前回と同様の傾向を示すことになるかもしれない(後略)」

確かに、私の学生時代の記憶でも、この種の最高裁批判や 「 国民投票で X をつけよう 」 という運動は、従来はすべて 「 左翼 」 の政党や団体が提唱するのが常でした。

ところが、今年は、 経団連を代表して出席した大企業のトップが公開の討論会で怒りを表明したり、 私の見るところ 「 リベラル保守 」 としか思えない一作曲家が多額の私費を投じて 新聞や雑誌に意見広告を出して、この問題を提起したりするまでになったのです。

それほどまでに、この日本の国の根幹をなす 「 司法 」 の 「 ひずみ 」 が大きくなってきてしまったという事でしょうか。 警察や官僚のスキャンダルなどに比べると、 面白味が少ないので、マスコミもなかなか取り上げないのですが、これは大事なことではないでしょうか。

15人の 「 最高裁裁判官は内閣が任命する ( 憲法七九条 )」 のですが、 宮内氏の言う 「 任命方法に手をつけないと・・・」 というのはこの点です。 常に8人から9人は、 現在の内閣にとって都合の悪くない人が選ばれてきたと言われています。 ですから、 一票の格差でも、小選挙区制の弊害でも、誰が訴えても最後にはみな 「 合憲である 」 と判決されて斥けられてしまったのでしょう。

いったい、なぜこういう国民審査という制度を作ったのだろうと、少々調べてみたのですが、 「 日本国憲法を作って下さった 」 米国にも、こういう制度はないようです。

学校教育、警察機構、家庭など、問題はあるにせよ日本を今まで支えてきたバックボーンが、 退廃し、グラグラと揺れ、崩れかけています。 このことに懸念を抱きながら、 より良い未来像が描けぬまま、このままでは 日本はどうなるのだろうと心配し、 何をどうしたらよいのか分からずに無力感にさいなまれている人が、 日本中にたくさんいらっしゃると思います。 私もその一人です。

これらのバックボーンも含めた日本の国の要所を、大元の所でしっかりと束ね、支えるべきものが、 民主主義とそれに根ざした司法制度ではないかと私は思います。 ですから、今回の選挙にあたっては、宮内氏やすぎやま氏の発言をもう一度噛み締め 「 自分にも出来る事はないか 」 と考えてみることも大切だと私は考え、 彼を手伝うことにしたのです。

6月には衆議院議員総選挙があり、それと同時に最高裁の裁判官の一部が国民審査されますが、 すぎやま氏の意見広告はさらに次のように続けています ( 一部は新聞社の審査過程で削除 )。

個々の判事の判断や実績について、平素はほとんど知られていないために、従来こ の国民審査では、大多数の有権者は何も書かずに、用紙を投票箱に入れていたのが実 態です。

「 どうせ効果が出るほどの X 印の数にはなるまい 」 と、有権者が諦めていたことも、 この審査投票への関心が低かった原因でしょう。

とは言え、上述の 「 一律に全員に X をつけよう 」 と唱えた、かつての 「 左翼 」 のやり方はおかしいと思います。 全員が同じ割合の X 印なら、過半数に達しない限り何の意味もないからです。

ところが、もしある裁判官に対して、他の裁判官たちより X がずっと多かったらどう でしょう。 それは、 その裁判官の判決に対する有権者の不賛成の意志が社会にはっきりと示されたということです。

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私 ( 熊井 ) は今までは何も記入せず、投票して来ましたが 「 今回は変えてみよう 」 と考えています。 皆さん、選挙の日の朝、もう一度このページを開いて、下の表を見て、 誰と誰に X をつけるか、考えて見てはいかがでしょうか。

2倍以上もの大きな不公平な格差について、当時のこの最高裁大法廷の判決結果は、 次の表のようでした。興味ある事ですが、裁判官、検察官などの出身の9人の判事が合憲だと判断し、 弁護士、外交官出身の5人の判事は違憲だとしています。 私は最初の5人の名をメモして行き、X をつけるつもりです。

最近、辞めさせたい裁判官には X を、 良いと思う人には Oをつけるのだと考えている方がいる事を知り、驚きました。 そうではありません。 辞めさせたい人に X をつけるだけです。 良いと思う人には何もつけないのです。 Oをつけると無効票になります !!


判事氏名(経 歴)判断今回国民審査の有無
山口 繁 (裁判官)合憲あり
金谷利広(裁判官)合憲あり
北川弘治(裁判官)合憲あり
亀山継夫(検察官)合憲あり
奥田昌道(学 者)合憲あり
小野幹雄(裁判官)合憲なしその後退任
千種秀夫(裁判官)合憲なし
井嶋一友(検察官)合憲なし
藤井正雄(裁判官)合憲なし
河合伸一(弁護士)違憲なし
遠藤光男(弁護士)違憲なし
福田 博 (外交官)違憲なし
元原利文(弁護士)違憲あり
梶谷 玄(弁護士)違憲あり
町田 顕(裁判官)ありその後新任
大出俊郎(行 政)*あり*

*: 経歴上の理由でこの裁判には加わらなかったが、別の、 参院選に関する同種の裁判で、大きな格差を合憲と判決しているので合憲派と考えられる。
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( これ以降は 7月9日追加しました )

* さて、投票結果はどうだったでしょうか。 私たちが問題だと指摘した合憲派の5名への X 印は、違憲派の2人への X 印よりも実数にして約50万票多くなりました。 別のおおまかな言い方をすると、総投票数を100としたとき、違憲派に9個の X がつき、 合憲派には10個の X がついたという勘定です。

* この50万票 ( 総投票数の約 1% )の一部は私たちの運動の成果であり、 他は有権者の自発的な判断によるものでしょう。 会としては第一回目としては 1% の差でも作れれば良いかなと考えていたので、 まずまずの結果だったと考えます。 それにしても、毎回全員に X をつけると決めている方が、 全国に約500万人 ( 総投票数の約10% ) もいらっしゃるという現実を、改めて認識しました。

* この方たちは、多かれ少なかれ問題意識を持っているのだと思いますが、 全員同じ10%の X では、どの裁判官も全く痛痒を感じないのです。 各裁判官間に大きなきな差がついて始めて事が問題化するのですから、この方たちにも、 次回は優先順位を一票の格差是か非かに絞って差をつけてくださいと提案したいと思います。

*選挙後の各新聞の格差批判の論調には 「 我が意を得たり 」 というものも多く見られました。 日経新聞 ( 30日と7月3日 )の安藤俊裕編集委員の二つの署名記事は、その代表的なものです。 産経新聞 ( 29日 )の社説、朝日新聞 ( 28日 ) 上でのオリックス宮内義彦会長のご意見も貴重な発言でした。 朝日 ( 29日 ) の投書欄では、米国に住む日本人大学院生が、 上記の50万票の批判票を評価し、 選挙期間中インターネット上で草の根的な批判運動が行われたと書いています。 彼は私のホームページを見てくれたのでしょうか。

* 今回の衆議院議員選挙の結果でもっとも目立った点は、自民党が 「 都市部 」 で大敗したのに、少ない票数で当選できる 「 地方 」 では強さを維持したということでしょう。 一票の格差の存在は自民党にとって極めて有利であることが、改めて実証されたわけです。 したがって、自民党を支持する人は一票の格差を今後も大きく保ち続けるため、 これら5名の合憲派裁判官を支持すべきですし、 民主党支持ほか反自民の人は、これら5名の裁判官にだけ X をつけるべきだったのです。 現状は残念ながら、殆どの有権者はそこまで考えずに国民審査に臨んだというのが実態のようで、 この分かりにくい制度そのものへの疑問が出るのも、極めて当然のように思います。

* 最後に、この運動の過程で寄せられた反論の一つにお答えしたいと思います。 真面目な反論の多くは次のようなものでした。 「 地方は都市部に比べていろいろの面で遅れており、 不便であり、しばしば貧しい。だから、初心者にハンディキャップをあげるような意味で、 議員定数を多く与えないと、都市部との競争においてますます不利になる 」

これに対しては、次のようにお答えしたいと思います。

1.地方の遅れや貧困への対応は ( 適切な範囲内の ) 地方交付税の供与や、 ( 適切な内容に限った ) 公共事業投資のような経済的施策で行うべきである。 議員定員増で行うというのは、見当はずれ、ないしは問題のスリカエである。 下記の利益誘導を是認する考えであるだけでなく、 これをますます奨励する結果になる。

2.国会議員は出身の地元や出身グループへの利益誘導が主な仕事なのだろうか。 確かに、政党政治というからには、出身グループの利益代表という考えが基本であろう。 しかし、議員自身だけでなく、有権者までもがそれが主務であると誤解していて、 いろいろと利権を 「 せびる 」 ところに、政治の貧困と腐敗の原因の一つがあると思う。 日本全体を大所高所から見ながら、 地域エゴなく適切に富や権益を配分して行くことこそが国会議員の本当の仕事である。

3.国会議員の大事な仕事は、富の再配分以外に、もっとほかにある筈だ。 安全保障、教育制度改革、 エネルギー供給、少子化、年金、財政赤字など幾多の、日本の将来を左右する 地方にも都市にも共通の全国的な課題への取組みと解決である。

4.こういう仕事の出来る人材を全国から探し出しスカウトするのが、 理想論かも知れないが、国政選挙の本来の姿であろう。 こういう事の出来る議員が極めて少ないのが残念ながら現状ではあるが、 こういう課題のための議員であるなら、全国から有権者数に比例して選ばれるべきである。

[ ご参考 ]

有権者への質問:「 あなたが投票する候補者に、 地元と国家のどちらに力点をおいて活動してほしいですか 」

青森・・・地元 61 %; 国家 25 %
東京・・・地元 33 %; 国家 55 % ( 総選挙中の毎日新聞世論調査より )

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( これ以降は 9月29日追加しました )

9月中旬に 「 一票の格差を考える会 」 のホームページが完成し、公開されました。

をクリックし、 是非覗いてみてください。


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