フリーマンの随想

その23. 階級社会アメリカ


*米国は日本よりずっと階級社会*

(10. 29. 1999)


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この随想に今まで書いてきた22編の内容については、個人的な判断や意見の部分は別として、 素材や事実関係については ( 少なくとも自分では ) 誤りはないと思っている。 しかし今日のこの随想については、不十分さや誤解が少しは有るかもしれないと思う。 その事を最初にお断りし、若し有れば皆さまに教えていただきたいと思う。

また、何度申し上げている事だが、米国は実に多様な社会なので、 地域によってはこの随想の記述とはだいぶ違うということも有るかもしれない。 私の記述は、米国南東部地域一帯での知見にもとずくものに過ぎない。

そんな事なら、何故ここに書くのかと問われると、それは、私が米国に住み、 生活した8年近くの中で 「 一番驚いたこと 」 の一つだったからである。 従って、他人に向って一番話したいことでもある。

それは 米国は日本よりもずっと階級社会である という発見であった。 旧大陸の欧州諸国が米国よりもはるかに階級社会であることは周知の事実だ (*1:文末) から、 先進国の中では日本が最も 「 非階級社会 」 であるということになるだろう。

もう一つお断りしておきたいのだが、私はこの随想で 「 階級的な米国社会 」 や 「 非階級的な日本社会 」 について、 どちらが良いとか悪いとかいう私の価値判断を述べようというのではないということである。 私はただ、私の体験を述べて、日本ではあまり知られていないであろう その事実を多くの方々に知っていただこうと言うだけである。 そこから先の良い悪い、好き嫌いの価値判断は皆さま個人個人に委ねたいと思う。

私にとって 「 一番驚いたこと 」 であると上に述べたが、私は戦後の民主主義教育を受け、 育った一人として、10年前までは、実に素朴に 「 米国は世界一自由で平等で民主的な国であり、 ましてや階級などという旧時代の残滓は存在しない国だ 」 と信じていたのである。

所が、結論から先に言うと、米国は日本よりもずっと階級社会であり、 日本は世界一の非階級社会の国であると言う認識を持つに至ったのである。 いくつかの例を挙げてそのことを説明して行きたいと思う。

最近は余りそういう事を言わなくなったが、日本では以前から 「 ( 米国では )車はステータスシンボルだ 」 という言い方がされていた。 この意味を 「 高級な車を持てばステータスが上がった気分がする 」 という程度に捉えている日本人はいないだろうか。

ステータスという言葉の真意 (*2:文末)はともかくとして、次の私の体験を聞いていただこう。 私は米国に会社を設立し、まっ先に一人で赴任したとき、 当然、先ず車を1台買わなくてはならなかった ( 本社の規定で、 現地子会社のトップは社用車として車を一台買って使って良いと言う事になっていた )。 あちこちのディーラーを週末に訪れては試乗し、GMの Pontiac Bonneville という車を私は買った。

当時非常に品質が不評だった米国車を選んだ理由は 「 私が米国社会にとけ込もうとしている意志を周囲の米人たちに分かってもらうためにも、 日本車でなく米国車にしよう 」 という考えと 「出来たての、まだ1ドルも利益をあげていない会社の社長として、高価な輸入車は買えない 」 という自制心とであったが、スタート後の加速が抜群で、 スピード狂気味の私の趣味にピッタリだったという事もあった。

格別の問題もなくこの車を4年ほど愛用したある日のこと、一人の米人幹部から 「 熊井さん、 この会社も大きくなって地域の代表的企業になったのだから、 社長の貴方はもっと高級な車に乗って下さらないと・・・ 」 とおずおずと忠告された。 「 では何がいいの 」 と聞くと、「 是非 Lincoln の Continental 以上のものにして下さい 」 という事で、早速その車の新車に替えた。

車についてはもう一つ面白いことが、段々分かってきた。 「 ひら 」 の人が係長になり、 課長になると、それを機に車を買いかえることがあるのである。 役職者になると銀行もより多くを融資してくれるようになるのだという。 結局分かったことは、車には社長の車、課長の車、「 ひら 」 の車などの区別があり、 ほとんどの人はそれに従って買い分けるらしいということだった。 最初に私が買ったPontiac Bonnevilleは、課長クラスの車だったらしい。

つまり 「 社会的な地位 ( ステータス ) がその人の持つ車を決める 」のである。 それは 「 乗っている車を見ればその人の地位が分かる 」、 「 車はその人の地位の象徴である 」 ということであり、これがステータスシンボルの意味だったのだ。 ほとんどの人はこの暗黙のルールに従って自分の車を選ぶ ( そうでなければステータスシンボルという社会通念が成り立たない )。 ところが日本ではそんな事はない。 日本では多くの場合社会的地位ではなく、 使える金がどのくらい有るかどうか ( と、時には人生観や趣味 ) で自家用車は決まる。 社会的地位は低くても、 土地成金の親から大金を貰った若者はベンツでもフェラーリでもなんでも買って構わないし、 周囲はそれを格別不思議とも思わないのが日本である。

一方、米国では高級車に乗りたいと思ったら、まず自分の社会的地位を上げることである。 音楽家やスポーツマンとして成功した黒人が、まず Cadillac を買うのは、 金回りが良くなったためでもあるが、上昇した自分のステータスにふさわしい車で、 成功を具体的に周囲に示すということなのであろう。

同じ事は住む家や土地についても言える。 米国は土地が豊かで安いからだが、 日本のように 「 希望の地域に希望の土地を買うなどということは夢のまた夢だから、 気に入らないが今の土地に住むしかない 」 などというようなことはない。 では誰でもどこにでも住めるのかといったら、絶対にそんなことはない。 この地域は社長や医者や弁護士と言った高いステータスの人だけが住む地域、 ここはこう、あそこはこう・・・と、はっきり決まっている。

不動産屋はその人を見て、その人のステータスにふさわしい地域しか紹介しない。 それを破ってふさわしくない人に高級な地域を斡旋したら、多分不動産屋仲間からも、 その地域の住民からも手ひどく非難されるだろうし、その地域の不動産価額は急落するだろう。 日本だったら、誰でも金さえ出せば田園調布にでもどこにでも住めるのだから、大違いである。 だから、米国では会社で昇進する度に引越しをするということは、ちっとも珍しいことではない。 従って隣近所はいつもほとんど同じステータスの人たちばかりであり、近所付き合いも気楽である。 逆に、どこにお住まいですかと聞けば、その人のステータスがほぼ推察できる。 土地がいくらでも有り、安く手に入る国ならではの事であろうが゙・・・。

加入するゴルフクラブ、所属する懇親団体から、教会までもが、ステータスで厳然と 区別されている。 私が移住する前、この田舎の小都市では、 多分いろいろな議論が有ったらしいことは、後になって推察できた。 当時、300人ほどの白人だけが会員となっていたこの町随一のカントリークラブが、 早々に私にメンバーにならないかと言ってきた。 私は何も考えずにOKし、入会し、気持ち良く迎えられたが、後になって、 私はこのクラブにとって最初の 有色人種 であったこと、10年か15年前だったら、 到底会員になどしてもらえなかっただろう事などが、段々と分かってきた。

当時急速に世界的に著名な大企業になってきていた富士フイルムが、 この小さな田舎町を選んでくれて大きな工場を建てるべく進出してきた。 そこのトップが移住してくるのに、従来のような白人優位 ( white supremacy ) の人種差別をしていたらいけない、もうそういう時代ではない、といった種類の議論が、 市のお偉方の間できっと何度も論じられ最終合意された事だったろう。 後になって分かったことだが、私が家探しをするとき、 私に紹介された不動産屋が私を連れて回った三つの地域は、 その町でも最高の区域で、有色人種はそれまで一人も住んでいないところばかりだった。 不動産屋 ( 女性 )の夫は市のお偉方の一人であり、 彼女は上述の 「 合意 」 を十分に理解していたものと私は想像する。

米国では社会的地位(ステータス)の掟の上に、この人種問題プラス宗教の掟 ( よく言われるWASPの類のもの ) が無言の圧力で重なってきて、 それはもう厳重な階級の網の目が町じゅうに出来ているのである。

一人一人は、好むと好まざるとに関らず、これにしたがって、住む地域、家、車、所属クラブ、 通勤時の服装、鞄などの所持品から、 旅行の際に宿泊するホテルや家族で食事をするレストランなどに至るまでの格が決められてくる。 繰り返すが、それはたまたま持っている金の額の多少によって変るのではないのである。 日本のように、一介のOL ( 失礼 ) が超高価なブランド物を身につけて、 最高級ホテルで休暇を楽しむなどということは先ず有り得ない。 米国の女性がそういう事をしたければ、映画で言えば 「 Working Girl 」 の主人公のように奮闘努力して高いステータスを手に入れるか、「 Pretty Woman 」 の主人公のように、高いステータスの男性と一緒になるかのどちらかであろう。

私は最初の頃、一人暮らしをしていたとき、 昼食は毎日のようにあるハンバーガーチェーンの店に行っていたが、 ある日、一人の米人幹部から 「 社長ならなるべくそういう所には行かず、 こういうレストランに行くようにして下さい 」 と丁重に教えられたこともある。 また、ある人から 「 もし貴方が日曜日に教会に行こうと思うなら私に相談しなさい。 貴方に最もふさわしい教会を推薦します 」 と言われたことも有る。

人種問題、とくに黒人の問題については別の機会にじっくり書きたいが、 例えば日本の大型の百科事典でも、アメリカ合衆国の項を開くと 「 米国における階級 」 について1ページほどにわたり綿々と書かれている (*3)。 これを読めば、日本は非階級社会どころか,世界でおそらく唯一の 「 無階級国家 」 とも言える超平等社会で、天皇家・皇族以外は全部同一の階級とさえ言えるということが分かる。 日本人が海外に行き、また住む場合には、 日本だけがこの点で特別違っている国なのだということを、 十分に頭に入れて物を言い行動する必要があると思う。

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(*1) 例えば、ルノーから日産自動車に乗り込んできたゴーン氏に対し 「 部下のフランス人社員たちはめったに口を差し挟まず直立不動で指示を仰ぐ。 我々が塙 義一社長に対するとき以上に階級の違いははっきりしている 」 と日本人社員たちは驚いている( 11月1日号 AERA )と報じられているが、 驚くほうが無知だと私は思う。 自由・平等・博愛のフランスではそんなことはないと思っていたのだろうが、 フランスは相当な階級社会、少数エリート尊重社会だ。 米国人でさえ、私が米国で社長をしていたときは私の前では同様だった。 一対一の場合、私が何か意見を言うと 部長たちが姿勢を正していちいち 「 Yes, Sir.」 と答えるので、私は当初面食らったものだ。 これに比べたら最近の日本の会社の上下関係のほとんどは、 良くも悪くも 水平関係だと言っても良いほどだ ( 教師と生徒の関係も然り ) 。

(*2) 岩波の英和大辞典にはステータスとは 「 ( 社会的に認められた )高い [ 相当な ]地位 」 とある。 Webster の大きな辞書には、「 同じ、あるいは異なる階級、社会的地位、 職業などにある他人(たち)との比較における、ある個人の社会的地位またはランク 」 と説明されている。 米国の辞書には階級という言葉が出てくるのに、日本の辞書ではそれが出ないところが面白い。 日本では戦後 「 階級 」 というものは考えるにも価しない100%の悪だとして、 解消に努めるだけでなく、たとえ在っても無視し続けてきたように思う。

両者に共通な部分は、社会的に認められた高い地位、ランクという点である。 ところで、欧米ではステータスが高くなれば、収入も比例して多くなるようだが、 財産・金力がステータスを表わさないことは勿論である。 しかし、現在の日本は、敬意に価する地位よりも財産・金力のほうが 高いステータスを意味すると誤解されるほどの金権体質的な状況にあるのではないだろうか。 階級はおろか、ステータスという概念すらなくなるほど日本の社会は平等化し、 財産・金力しか 「 ひと 」 を測る物差がなくなってしまっているのではないだろうか。

(*3) 下の引用は1972年版の平凡社世界大百科事典から私が抜粋したものである。 1988年版になると、この種の記述は無くなるが、それは、 米国から階級が消えたからではなく、単なる編集方針の問題であると私は考える。 72年といえば、黒人がようやく 「 人間 」 として扱われるようになり始め、 大学にも入れるようになった頃である。 その後の変化はあると思うが、これはたった27年前の記述である。 私の個人的体験からは、 以下の記述の状況の少なくとも半分程度は今も残っているように思う。

「 米国の階級は上の上、上の中、上の下、中の上・・・という風に細かく分かれる。 上の上は かつては大金持であったが現在は上の下より金持ではない。 例えばロックフェラー家は第二次大戦までは中の上であったが、 現在ようやく上の下に達した ( 財産・金力が階級と直結しないことがよく分かる )。 学位や学力より出身校が問題となり、プリンストン、イェール、ハーヴァードなどを出れば、 一応中の上以上となれる可能性を持つ。 一方、公立の高校を卒業した者は中の上以上とは認められないのに、ある種の私立学校は、 そこを出ただけで上の上と見なされる。 あらゆる階級の誰でもが会員となり得る団体は、米国中で在郷軍人会だけである。 政府の高官に属する上層の人に面会を求めるときには、 必ずその人と同じ階層に属する者の紹介を必要とする。 上層の人たちは、言葉の発音、出身校、社交範囲などに始まり、服装、食事の作法に至るまで、 中層とは全く異なる ( 詳細略 )」。

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