飛鳥寺
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<飛鳥寺>
飛鳥寺は、頂いたパンフレットによると、第32代崇峻天皇元年(588年)に百済から仏舎利(遺骨)が献じられたことにより,蘇我馬子が寺院建立を発願し,596年に創建された日本最初の本格的な寺院であり、法興寺・元興寺ともよばれた。

現在は安居院(あんごいん)と呼ばれている。
昭和31年の発掘により、創建時の塔を中心に東西と北にそれぞれ金堂を配置し、その外側に回廊をめぐらし、さらに講堂を含む壮大な伽藍配置だったという。 寺域は東西約200m,南北約300mもあった。

百済から多くの技術者がよばれ、瓦の製作をはじめ,仏堂や塔の建設に関わり、韓国にも同じ伽藍配置の寺があり、百済との交流が密であったことがうかがえ、その詳細はNHKBSテレビで放映していた。本尊の飛鳥大仏(釈迦如来像)は、推古天皇が鞍作鳥(止利仏師)に作らせたという。また瓦を製作した集団は,この後豊浦寺や斑鳩寺の造営にも関わっていく。さらに,これらの技術を身につけた人たちやその弟子たちが全国に広がり,各地の寺院造営に関わるようになる。
飛鳥大仏は、高さ約3mで銅15トン黄金30kgを使い鋳造された。平安・鎌倉の大火で焼けたが、修復されている。


ここお寺で嬉しいのは、写真が撮れることである。
今どこへ行っても写真が撮れない。そのくせテレビカメラだと全く
フリーである。少し矛盾している感じがする。自分で写真を撮り帰ってからもう一度見落としが無いか見るためにも写真がほしいときがある。また新たな発見があるときがある。そのためにも写真がほしいのだが・・。


(阿弥陀如来像)

(聖徳太子孝養像)

(飛鳥寺正面)

(当時の伽藍配置の復原図)

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