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(2001年4月29日) | ||||||||||||||||||||
古座川下り(熊野博プレイベント) | ||||||||||||||||||||
南紀熊野21協議会主催の、カヌーツーリングに参加した。カヌーでツーリングを楽しみながら、流域のゴミ等の清掃をするという、南紀熊野リバーワーク~古座川クリーンアップ大作戦~であった。 古座川町の一枚岩のからのスタートで、開会式のあと、記念撮影をし、10時頃からスタートした。 古座町役場前川原までの約16㎞・5時間のコースを漕ぐというものであった。 当日参加者は100人を超えており盛会であった。 様々なカヌーが一枚岩の前に並べられており、壮観であった。 最初に紀南のカヌーイスト第一人者の上田さんからいろんな注意を聞いたが、この日は雨にも関わらず、水量が少なく、ポータリングをしなければいけないということであった。 雨はやむことなくしとしとと降っていたが、元々濡れてもいいのがカヌーであり、参加の人々は気にしていなかった。 ただし、私の船底は、以前からかなり傷ついているので、浅くなっていると、また傷が深くなるのではないかという不安だけがあった。 この日結構数多く写真を撮ったのだが、雨の水滴でボケた写真が多かった。 フルサイズのフィルムだと、デジカメより焦点距離が長い分、ボケが目立たないのだが、デジカメはレンズの焦点距離が短いため被写界深度が深く、レンズに着いた水滴にもピントがいってしまい、ボケが大きくなる。かなりの写真を没にした。 晴れていれば古座川の新緑を、35mmを出して撮りながらいけるのだが・・・・ |
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(2001年9月23日) | ||||||||||||||||||||
ジョエルさんと古座川漕ぎ漕ぎ記録 | ||||||||||||||||||||
カルフォルニアから熊野古道を歩きに来たジョエルさんと古座川を下った。 Fさんご夫妻も初の川下りということで、わいわい言いながら下った。 実はこの日、熊野川でクリーンリバーツーリングに参加予定であったが、急遽中止になった。 そのため串本や大島の観光をしていたが、古座川を案内しているうちに、二人ともどうしても漕ぎたくなり、古座町役場の浜地さんに無理を言ってカヌーを貸してらった。夕方Fさんに連絡を入れると漕ぐということで、私の船を和歌山から持ってきてもらい、23日の朝から古座川の一枚岩から漕ぎ出した。 雨のあとだったが、古座川はきれいに澄んでいた。 ジョエルさんは、4カ国の川を漕いだというだけあって、軽快なパドリングであった。 台風が来ており、海岸はかなりの波と風があったが、ここは天国のように晴れ渡っていた。 やはり風がかなり強く吹くときがあったが快適な川下りとなった。 じつは、Fさんご夫婦のうち奥さんの方は、川下り初体験であった。行く前に、 「もし沈しても、今ここに川の砂の音を聞きにきているんやと思って、沈を楽しんでください」 と言っておいた。ご主人も、数回紀ノ川で練習しただけなので、沈しないかと心配したのである。 自慢ではないけど、私はこの川で4回沈してるので、その感覚を味わってもらってもいいかな、とも思っていた。 途中で休憩をしたが、ファルトが一隻コンロで湯を沸かし食事をしていた。 彼は、自転車で一枚岩のところまで船を運び、漕ぎ下っていた。 ちょうど鮎のシーズンなので、心配したが釣り師はそれほど多くなく、ポータリングでの迂回もする必要がなかった。 Fさんご夫妻は、一番危ない瀬につかまって、少し苦戦をしたが、何とか川底の砂の音も聞かずに、漕ぎ進んだ。ジョエルさんも周囲の景色がいいので満足していた。 ジョエルさんは、私の熊野古道のページを見て、古道歩きを計画し、9月9日から大阪は天満橋の八軒屋から、新宮到着9月21日までを歩き通したのである。 熊野川のイベントが開催されていて、カヌーで熊野川を下り新宮に入っていたら、この古道歩きは完璧となっていたのだが、仕方がない。 旅の途中で台風に遭い、そしてニューヨークの悲報を異国の地で聞いたのである。悲劇を知ったときは涙が流れたという。 ジョエルさんは、熊野川のクリーンアップに参加できなかったと言うことで、古座川のゴミを拾いながら下った。非常に律儀な方なのである。 日本に来る前、メールのやりとりの中で、私は英語ができないのでうまくサポートできるか心配です、と書くと返事が、「郷にいれば郷に従えですから日本語で話します」とのことであった。日本人が忘れかけている言葉を、こともなげに使ってくれたのはうれしかった。そして何よりも日本語を話してくれるのがよかった。 今回、あらためてインターネットのすごさを感じた。異国の人とはじめて出会うのに、旧知の間柄のような気がした。 メールによる共通の話題の積み重ねが、垣根を取っ払ってしまうからかもしれない。 |
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2002年4月27日(土)から28日(日) | ||||||||||||||||||||
古座川カヌーツーリングクリーンアップ大作戦 | ||||||||||||||||||||
昨年に引き続き、南紀熊野21協議会主催の、カヌーツーリングに参加した。カヌーでツーリングを楽しみながら、流域のゴミ等の清掃をするという、南紀熊野リバーワーク~古座川クリーンアップ大作戦~であった。 昨年通り古座川町の一枚岩のからのスタートで、開会式のあと、記念撮影をし、10時頃からスタートした。古座町役場前川原までの約16㎞・5時間のコースを漕ぐというものであった。 当日参加者は120人ということで盛会であった。県外のカヌーイストが8割ということで、こんないいフィールドに恵まれているので、地元の人も、もっとカヌーを楽しんでほしいなと感じた。出発点の一枚岩の前には、様々なカヌーが並べられており、壮観であった。昨年よりはかなり行儀よく並んでいる。 ツーリングは、昨年とうってかわりいい天気に恵まれ、快適であった。天気がよかったので河原を丹念に探すことができ、かなりのゴミを拾った。とはいうものの、都市の川のように、雑多なビニール袋などはあまりなかった。しかし自転車などがあり、こんな綺麗な川にもゴミを捨てる輩がいるのである。 ゴールでは、鮎やサザエなど、山海の珍味を堪能した。 私たちは、イベント前日からキャンプを張り、昼過ぎから、七川ダムの少し下流の真砂から船をだし、一枚岩まで漕いできた。 4月27日の朝、重い頭で起きた。昨夜会社の解散会?で痛飲し、ヘロヘロだったのである。 ツーリングのためのあらかたの用意は、前日にしていたが、細かいチェックのできる状態ではなかった。 7時10頃に家を出、AQUAさん、釣りバカさんと落ち合い、古座に向かった。高速は思ったより混んでなく、スムーズに走れた。 一枚岩に着いたのは、11時30分頃であった。HIROMOTOさんとあんずママ、パパさんが先に来ていた。 キャンプの用意をしておいて、早速真砂から船をおろした。釣りバカさんがはじめてなので、AQUAさんの懇切丁寧、かつおおざっぱなコーチをうけ、漕ぎ出した。何を隠そう、この真砂の瀬が、はじめて沈をしたところなのである。ここの瀬は、両方から水が押し寄せ、それが盛り上がっているので、コントロールしにくい水流となっている。というのは沈したものの負け惜しみで、要は、当時スキルがなかっただけである。この日は、水量が少なく少し面白味に欠ける瀬となっていた。 全員難なくそこをクリアした。あんずちゃんは、果敢にも舳先にたって、水先案内をしていた。 水流が少ないとは言っても結構面白い瀬の連続で、きちんとコントロールをしないと沈する。 古座川で気を付けなくてはいけないことは、浅い瀬で、水中の大きな飛び出した岩にひっかることで、KG-1のようなファルトだと穴をおけるおそれがある。私も冷や汗もののところが何度かあった。 ところどころ浅くなってるので、カヌーを下りて流した。 この日、私たちはキャンパーにあるまじき忘れ物をした。誰も米を持ってきていなかったのである。 「炭水化物、炭水化物がほしい」と誰かが叫んでいたが、どこにも米はなかった。 「他のテントに、焼き鳥を持っていって、米と替えてくるか」などと、戦時中のようなことを言い出す始末であった。 さらに悪いことに、バーベキューをするというのに、誰も焼き網を持ってきてなかったのである。恥を忍んで、古座の室さんに電話をし、コンロを貸してもらうことにした。ところが室さんは新品を買ってきてくれたのである。恐縮、恐縮である。 もし、室さんがいなければ、焼き鳥をどう焼けばよかったか?その時点で妙案はなかった。室さんはさらにうれしいことに、取れたての鰹のたたきと、ウツボの佃煮を持ってきてくれた。いずれも私の大好物である。 暗雲たちこめていた夕餉の食卓が、いっぺんに華やかかつ栄養豊富になったのはいうまでもない。 さらに、貸し出しカヌーの番をしていた浜地さんに、サザエまで頂いた。美味しかったーーー。 |
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昨年(2001年)とうってかわり、天気は快晴となった。シメシメという感じである。 親切なスタッフの皆さんは、バスの時間に遅れてしまった我が連隊メンバー、わざわざ車を出してくれた。ここでも感謝感謝。 昨夜は早く寝たので5時頃目が覚た。はじめて使った、ダンロップのソロテントもモンベルの寝袋も快適であった。 食事をしようとしたら、またまた問題があった。誰も朝食の用意をしてきてなかったのである。パン無い、牛乳無い。コーヒーも足りなかった。 結局、HIROMOTOさんの持ってきていた、インスタントラーメンとソーセージが朝食であった。 しかしこれが美味しかった。今度はきちんと食料の確保をしておくべきである。(当然のことだけど・・・) いつもは最低でもカロリーメイトは入っているのだけどね・・・。26日の深酒の罰が当たった。 それやこれやで、ゆっくりしていると、今度はバスの時間に遅れてしまい、忙しいスタッフの手を煩わすことになってしまった。バスには途中で出会った。 あんずまま、パパの船の舳先にちょこんと立って、タイタニックスタイルで前方を見つめている姿は、愛らしい。 カヌーを漕ぐ時、景色や他の人の写真はたくさん撮るのだが、自分自身の写真はなかなか撮れない。 今回は、たくさん写真を頂いたので、自分の漕いでる勇姿?を載せた。 アホオジンがようやると言われるが、ま、いいか。 いつもながら、古座川は面白い。水量が、あと5~10センチ多ければ、さらに面白い川下りになっていただろう。 |
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古座川は、結構難所があって、よく沈する。舐めてはいけない川なのである。この日は、この瀬が難所になっていた。 写真の右の大きな岩の上流側の水中に、大岩があって水が盛り上がっている。 そこは誰でも越えるのだが、岩を越えたあたりから水が写真右の岩を巻き込み、左の岩にぶつかる。 そのためカヌーが岩に張り付いてしまう。あわててパドルを入れると、沈ということになる。 「おい、来たで、これは越えるやろか?」 「うーんどやろか」 「あ、これは絶対沈するわ。わーやったやった」 「この人はどうやろか?」 「これは間違いなしにやる」 「やったやった」 沈した人、 「転けるのはええけど、眼鏡が・・・」 ギャラリー、 「また買ったらええんや」 ワオー。 下で待ちかまえていたAQUAさんが、 「何かキラキラするもの流れていったデー」 この日はじめてレスキューロープを使って止めたが、ギャラリーの期待通りに沈をした人は、気の毒ながらも、喝采を浴びてしまった。古座川では、沈を覚悟で漕ぎ、荷物は流れないようにきちんと留めとこう。 ツーリングは、途中かなり風が吹き上げ、きついところもあったが、天気も崩れることなく快適に漕ぎ終わった。 ゴールの役場では、サザエや鮎などのバーベキューでもてなして頂いた。このツーリングの楽しみのひとつでもある。 運転があるので、ビールは飲めないが、久しぶりの新鮮な山海の珍味を堪能した。じつは、デジカメのメモリが途中で切れて、写真が撮れなくなっていた。 35mmは持っていたが取り出せず、JRの鉄橋を走る特急くろしおを撮ることができなかった。 こうしたイベントでいつも感じることだが、川が、川の機能を未来永劫持ち続けられるように、一人一人が本気で気を付け大切にしていかなければならない。 熊野が世界遺産に登録されたとき、地域の人々の遺産としての関心度が高くなければ、恥ずかしい結果となる。 最後に、楽しいイベントにして頂いたスタッフの皆さんありがとうございました。 |
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