夜の風に重なるように身を潜めていた沢山の悲しみが
僕を見つけて一斉に頭をもたげ
体を地上から持ち上げるように背中を押した
僕の体は羽を生やしたように一瞬で軽くなり
赤い靴を履いて踊ることを止められなくなった少女のように
軽い体の魔法のままに足を踏み出して
新聞の活字のように沢山の人が
汚し踏みにじって行った赤信号の交差点
車が秒針と競走するように走り抜けて行く道の上で
僕はきっと何物にも踏みつけられはしない脅されはしない
何故ってもう僕の体は半分は透き通って
炭酸水の泡立ちに夜の闇に溶け込んでいるのだから
申し訳なさそうに点ってる街灯の灯りは
自分の存在を疑いながらも夜の闇を自分の仕事で明るませようと
けれどああもう僕の体はそれとは
交わることを知らないすっかりと闇に解されて
この世の仮の姿を纏っているほどには
僕をまとめ上げる生の磁場を
もう僕はどこにも発生させられないでいるから
僕のコンパスは悲しみの彼方を指し示す
そちらに向かうようにと心はきっと言い含められていて
けれどそれに対するレジスタンスがいつでも邪魔をする
それを人は幸福と行ってみたり生きがいと言ってみたり
定まらない迷いに目をちかちかとさせながら
清められた北限の大地よ
オーロラの祝福に彩られる空よ
人はその地の息までも肺までも凍らせる冷気に言葉を失って
沈黙に初めて水を吸う綿花のごとき心の豊かさを知り
涙の輝けるダイヤモンドダスト
掴もうと差し上げる手の中には眩い朝の陽ざしが
いつの間にか捕まれていることを覚え
人はジグソーパズルのピースのように
悲しみにバラされてしまえばいいのだ
そこには拘るべき何物をも見つけられなくて
悲しみの手を借りて組み上げる
そのピースが描くのは
夢見ることもできなかった美しい肖像画であったりもして
少なくとも僕は夜の交差点の中で
悲しみに解きほぐされて心を軽くしている
僕は僕はと言う僕の姿は交差点の藻屑
夜の交差点の闇に僕は姿を無くす
そんなものさ僕なんて
この世はすべてあり難し