風のささやき

切符

春風がさらった切符
誰の手を離れ
もう追うことも許さないように
勢いよく空に舞い上がり

行く先は陽光に塗りつぶされて
読み取れはしなかった
眩しすぎた行き先
そこが約束の場所であるかのように

夢見たそこは何処であったか
誰と会おうとしていたのか
何を見ようとしていたのか
どんな心模様に染まろうとして

列車は今駅を出たところ
見送る発車のベルが響いて
軋む車輪で走り始めたところだ
乗り遅れた人の数を確認することも無く

切符を探して
列車逃した人の狼狽は
駅に取り残されたまま
しっかりとしなかった指先が悔いに熱い

列車は置き去りにしたと言わない
待ってくれと言う叫びを聞かない
ただ決められた時間通りに
走り出すだけだ

春も春のままに明るむだけだ
時が巡りいつの間にか
失ったものの逡巡に
構うことはなくて

僕も春風に切符を
失った者ではなかったか
いつの間にか行き先は
舌の上に忘れてしまった

そこに行けと足に命ずる
言葉ももう持たずに
春の陽ざしの中の自分に
満足をしきってしまった

僕も春風に切符を
手放した者ではなかったか
遠くに旅立つ列車の軋みに
もう何の憧れも感じなくなっている