風のささやき

金木犀

ドアを開ければ子供たちが
大騒ぎで迎えてくれる僕の手を取る
今日の面白かった出来事を
我先にと話して聞かせる
いつの間にかそれが
当たり前の日常となって

ああそれは楽しかったね
きっと次からは気を付けようねと
ありきたりのそんな会話
一つ一つが楽しくて大切だな
そう素直に思うようになってからは
もうどれぐらい経つのだろうか

こんな暮らしの予感を
僕は胸の中に持っていたのかな
むしろ否定していたぐらいだ
それよりも目の前の不安
拭いきれない葛藤に押しつぶされて
息もできない位に苦しくて

こんな暗澹とした気持ちとどれだけ
あと寄り添っていけばいいのだろうと
目覚めるたびに感じていた
そこから逃れることばかりを考えていた

そんな自分がいつの間にか
子供たちの笑い顔を胸に沢山
抱えるようになって
そんな日常に喜びを見出したりして
もう少し先を見てみたくなって
欲張りになって
まだまだ知らないことばかりだなと思って

金木犀が咲いていた
その甘い香りで分かった
木の下に誘われて橙の花を見上げた
身を寄せて咲いている幸せそうな花だった
高い秋空の下でしばらくは木の下に立ち尽くした
この体にも幸があった

その花はお酒にも漬けて茶にも入れて楽しむ
どれだけ人は慰めを見つけることに長けているのだろう

君は小さな庭を作って
金木犀を植えたいといった
それからその一対となるべき花を
その花の名前は忘れてしまった僕は
その小さな庭にオリーブと
月桂樹を植えたいと言った
子供たちはどんな樹木を植えたいと言うだろう

叶わない物だとしても
それを語ることを
楽しいこととして肯えるように
金木犀よ間違いではないよね

僕の体にしばらくは甘い自然の香水を纏い
家のドアを開けてお裾分けをしよう
飛び出してきた頭数だけ胸の中に収めてあげるから