風のささやき

電車に乗って

三歳になる三男を連れて
中央線に揺られた
行先は新宿
ちょっと子供には遠いか
泣かないと言ったから連れて来たものの
最初から落ち着きをなくして
疲れたと言いはじめた

それにしても良く喋る子だ
誰に似たのだろうと考えると
それは僕にと
亡き母が耳元でささやくようだ

母の話してくれた思い出
ちょうどこの子と同じ頃に
電車に乗って喋りやまなかった自分	

祖父母と会話をして覚えた山形弁
黙っていろと言われるだけ
調子に乗って話をして
周りから笑われ恥ずかしかったと
楽しそうに話した母の顔を
車窓から見る青空に思い出す

子供の心は楽しさが主旋律
その調べの自由さ朗らかさにつられて
大人も忘れた歌を思い出す
子供の調子に合わせて
疲れた旋律をひととき眠らせる

母が生を止めたところに
近づきつつある自分だ
母の心の広がりにどれぐらい
届くことができているのか

黄色の電車に乗りたかったと
総武線を指さす三男を
愛しく思う眼差しに
母の眼差しを重ねてみる
車窓に広がる空のように広い懐

せっかくの新宿だから
高層ビルを見せることにして
西口のビルの一つに上った

展望台から見る風景に
どれが高いビルと三男が聞いてくる
ここが高いビルだよと言っても
ふざけた様子でそれを理解しない三男
いつまでもどこが高いビルか
不思議に思っていた

高いところに居る者は
きっと自分の高みを意識はしない
君もそんな高いところに届いてくれ
高みを高みとも感じずに
それ以上の高みを目指してくれる人となってくれ
それを見ていてくれる
会ったことも無い君のばあばもいるから

母よ 僕はあなたの思い描いた
大人に近づけていますか
その絵姿を思い描けないけれど
きっと楽しくて元気に過ごす僕だけを
思い描いていた母のことを思い出す

三男が首に抱き付いてきたので
抱きしめて返した
この世で家族になっていることの不思議
有難さを温かく感じながら