風のささやき

その人の下に

萌え始めた若草
木漏れ日の幹の陰に
背中を丸めて隠れた姿を
必ず見つけてくれた母の瞳は
いつしか遠のく記憶へと
変わってしまった 朝も遥かに

まだ微かに漂っていた温もりが
空へと帰ってゆく
その方へ指先を向けると
集まってきた夏の陽射しの絆創膏
君はまだそこには届けないよと
あまりにもあからさまな傷をふさぎ
カサブランカのような母の匂いがした

丁寧に拾っておけば良かった
母の話しを
何度でも聞き返せばよかった
聞き取れなかった言葉
耳の奥に直ぐに思い出せるほどに
今は頭を傾けても
耳に降りつづく蝉時雨

母の目はいつも笑っていた
僕よりもずっと先を歩いて
その道をよく知っていた
うつむいて遅い足取り
心すり減って地面を蹴って
度が過ぎる道草も
肩を抱く夕日のように見守った

僕はまだ信を失っていないよ
春になればいっせいに芽吹く
木々の我慢強さ無垢なる思いを
真似ていられるから

それは母が与えてくれた大切なこと
遥かなる夏の日
いつかきっと母のもとに集う
その日のために
ちっぽけな自分を感じながらも
今日の風にしなる心を
真っ直ぐにする