風のささやき

口笛

夕映えの中で潮風が
ようやく動き始めたそろそろと
太陽に縫い付けられていた手足が
少しだけ自由になったから

 潮の匂いが街に漂う
 海の近くにあることが
 ようやく分かる

アパートの日陰に腰をおろして
擦り切れたジーンズの若者が口笛を吹いた
乾いた唇のままの音色
途切れ途切れの曲を
満たすための音符は今日も
その口には授けられなかった

若者はそのままの姿勢で
暮れて行く空を見上げていた
何を目で追うでもなく
追う物の影さえも見たことはないから

すべての答えも溶け込んでしまった
目が眩む空の眩しさ
日差しが少し鎮まった今も
網膜に無理に差しこんだ日差しに
目の奥はヒリヒリと痛んでいる

いつまでも満たされない乾き切った喉の奥
白い太陽の下にオアシスを思い描く暮らし
長い生活に倦みながら
太陽の下に朽ちて行った人々の
呻きの熱風が顔に押し寄せてくる

 まだ干されたままの白いシャツ
 すっかりと乾き切ってしまった
 そのアパートのベランダには
 羽を休めようと降り立った鳩

胸が騒ぐほどに
訪れる者の無い暮らし
人はいつでも耳を澄まし
その戸口に立つ者の
ドアを叩く音を戦慄と共に待つのだが

 悪戯な風の体当たり
 家ネズミの尻尾の一振り
 失速した蠅の頭突き

やがてすべては砂漠に燃え盛る
蜃気楼だったのだと
ささやく日の若者の口笛は
すべての音符の均整を失くして

空を支配していた太陽が
白い卵黄が腐るように空から降りた
星と月とはまだ溶けたまま
姿を取り戻さないでいる

若者はそのまま闇に浸った
大人を真似て当て所もない
戸惑いに耽る戸口に座っていた