風のささやき

春の風邪

熱を出して赤子が
力を失くしてぐったりとしている
毬の様な頬っぺたも少し張りを失くした

赤子には何故だか
わからなかった
体に力が入らないけだるさの訳
繰り返す波のような
体の芯から来る寒さに震え
時々呻いてみせるのであった

いつまでも冷めることの無い
湯たんぽを抱いているようで
母親は落ち着かない気持ちで
夜通し赤子を抱いていた
五分置きに計る体温計を手に
ぐったりとしたその体は
いつにも増して重く感じられた

赤子は寝苦しい熱の間中
自分を支えてくれる腕を感じていた
宙に放り出された体を
しっかりと受け止めてくれる細い腕
それが幻ではないことを確かめようと
赤子は何度か目を開けた

その度に
お月さまのように
静かに覗いていた顔が
笑って迎えてくれたから赤子は
安心をして嬉しくなって
一頻り胸をまさぐりながら泣いていた

それからすっかりと安心をして
深い眠りについた
どこか体も暖かく感じられて

少し下がった熱に
ほっとして母親も
いつしかうつらうつらと
まどろんだ
その手にはしっかりと
体温計が握られたままであった

朝の光は二人の眠りを
妨げることを躊躇した

赤子が目を覚まして泣いたのは
もうお昼に近い時間だった
母親は赤子の顔を初めて見るように
まざまざと見てその頭を撫でた

赤子は起きだすとお腹を空かし
昨日までは食べられなかった
離乳食を口にして
また立ちあがる練習を始めた

母親は何日か分の洗濯を始めた
汚れの落ちた肌着を干す
物干し台には穏やかな
春の風が吹いていた

また賑やかさが家の中に戻った
いつもと代わり映えのしない
一日が過ぎて行った
けれどそれが意味深く思えて
赤子と母親は一層仲睦まじくなった