風のささやき

春の暮れ

春の夕日が縁側に
丸めた背中に注ぎ込んでいる
まるで今日の営みを労うように

その肩のあたりは
いつの間にか角の取れた
煤けて年老いた置物の輪郭
懐かしい色合いをして
いつからかそこにあった

膝に置かれた手には
深い年輪の皺が刻まれ
たくさんの物を掴んで来た手
たくさんの物を放して来た手
今は柔らかな空気を包んで
丸くなっている手

芽吹いた梢を風は
丁寧に渡り歩いている
日々には代わり映えのしない
けれど止まらない健やかな成長を
一つ一つ確かめるように
縁側の人の眼差しに合わせ

僕もその眼差しに映りたくて
自信の無い僕の成長を確かめたくて
覗きこむ顔はけれど
深く赤い湖の細波の奥に

その表情は読み取れない
笑っているようでもあり
泣いているようでもあり

ゆっくりと
口元だけが動いている
暗くなり行く水面の奥の
すべてを肯う慰めの言葉

誰か僕の手を引いてくれ
その胸に顔を埋めて一頻り
泣いてもいいことを教えてくれ

淡い色降る
春の夕暮れ時には
子供の様に涙ぐみたくなる
慈しみの余韻が漂って

超えて行くことを
望んでくれた人たちに
捧げられる一番星の下
今日は一輪だけの桜の花
明日には一斉に花開くかもしれない

今日一日を心して
無事に過ごすことは
ただそれだけで美しいことだ