風のささやき

底知れず

思いはどれ程に溢れてくるものなのだろう
底の見えない暗闇の中から
矢継ぎ早に浮かんで来ては
夢の入る余地も無く僕の頭を一杯にするもの

 その時にはもう眠れない
 僕は鼓膜に戸を立てて
 その妄言を聞かないようにとするのだが
 
嘆きはどれ程に蘇り来るくるものなのだろう
僅かばかりの酔いの果てに
堰を切ったように溢れだす

 諦めて来た骸の数々が
 オレンジの夕日に燃え切らずにいる
 襤褸を纏い泣き笑いをしながら
 ガタガタと歯をならしている
 確かに弔いは終えたはずなのに

体の芯が寒さに震える
感じ取った得体の知れない不安の黒い塊

 ホルマリンの匂いのする
 病室の壁の上には暗い花の絵画
 血にまみれたたくさんの手が
 僕の心臓を切り刻もうと準備する
 鋭く尖ったメスの輝きが
 冷たく笑っている

夜の底が抜けた
どこまでも落ちて行く吐き気
差し出す手の届かぬ天井に
きりきりと歯が軋む

 その底を抜いたのは僕の
 掴みどころのない心だ

離れずにつき従うものなのに
毎日顔を合わせているのに
僕の手からすり抜け逃げて行く

 伽藍に響く狂気の笑い声
 髪を振り乱した影が
 深緑の空の下を走り去る

そんな寄る辺ない僕が
正体の無い世の中に投げ出されている
泳ぎつく岸を失くしたコオロギのように
絞り出された歌は悲鳴だ