風のささやき

砂上で

その横顔は涙で濡れていたのか
それとも近づき過ぎた波打ち際の波しぶき
あなたはそれを拭って笑って見せた

あなたの後ろには午後の時間を刻む
穏やかなプラチナの海原が広がり
長い髪が靡いている方向には半島が

すべての物があなたのために
用意されていた舞台
その舌の上から零れる言葉の一つ一つに
僕は確かに心を震えさせていた

砂上には誰かが作った砂山が
波に静かに浚われて高さを失くしていく
まるで砂金を探すかのような
丁寧な作業を僕らは言葉なく眺めていた
崩れゆく物と知っているのに
人はそれでも形作らずにはいられない

肌にあたる陽射しが
少し安らいだと感じられて
入道雲を浮かべた空には確かに
遠くなっていく夏があった
そうして離れて行く予感の
潮風が吹き始めていた

辿りついた流木の小枝で
砂上にさようならの文字を刻んだ
今日の日への惜別に
あなたは少し顔を曇らせて
その文字を描いた僕の手元を眺めていた

腰かけて聞いた波の音は
子守唄のように眠気を誘い
僕はいつしかあなたの肩に
凭れるように目を閉じていた
単調なのに満ち足りていた時間

一人仲間から離れた鴎が
鳴きながら飛んでいる
僕が広い海原で一人
迷うことを思ってはいなかった日
その姿がいつしか自分の姿に
重なることを知らなかった日

僕の耳に遠くなっていく
あの日の砂上の波の音
あなたの息遣い
どうして僕はもう少しそのまま
砂上に留まっていることが
許されなかったのだろうと

考えても答えのない未練を
繰り返す心も自分のものと思いを定め
また一人迷い続ける僕がいる