風のささやき

夏の空

空は今日もかっかと燃えている
過ぎ去っていくものを跡かたも無く
せっせと青い悲しみの中に
溶かしこんでしまうために

青い灰になって行く
無数の声なき声が木霊している
それを編み上げた白い入道雲が
人の世とつながる山並みの上に
未練がましく凭れかかっている

僕は縁側に一人
黙ってその作業を眺める傍観者
額に伝わる汗さえも
拭う力を失くしてぐったりとしている

自称伝説の営業マンも
この世の果てに出かけてしまった
その欠けた歯を見せる
人懐っこい笑顔を見かけることも
もう無くなってしまった

フランス語が堪能な切れ者も
家族を残して逝ってしまった
弁舌鮮やかなその話を
耳にすることも
もう無くなってしまった

庭のレモンバームは
白い小さな花を咲き散らかした
地上から伸びた夏草に
領分を侵され一つに入り混じり
やがては一緒に枯れて行く
その葉を手で揉みくちゃにすれば
酸っぱい香りがする

風は止んでいる
僕もやがては青い空の参列に
連なる物なのだが
僕の指先を引き上げるものはまだなくて

うんともすんとも言わない
すっかりと機嫌を悪くしている風鈴は
透明なはずなのに
鈍い顔色で押し黙るだけで

そういえば
畑の茄子の実が
重たそうな様子を見せていたんだ
僕のような宙ぶらりの存在
夕方になったら真っ先にもいで
籠の中にそっと
横たえておこうと思う

灼熱の空は忘れられるものたちの溶解炉
その燃え残りの青い灰が
僕の心には降りかかって
僕を底無しに悲しくしている