風のささやき

夏の気配

うつ伏せで昼寝をする子供の髪が
いつの間にか濡れて光っている
飲み残しの麦茶の氷も溶けてなくなった
一人で喋っていたテレビを止めたら
家の中も静かになった

その隙を見計らって
部屋に入って来た風が
人のいないテーブルの上の新聞をめくる
どんなニュースがその気を引いたのか
見た限りでは
楽しいニュースはなかったけれど

せわしなくパン屑を食べていた
赤い尾ひれの金魚が二匹
動くことをすっかりと止めて
まるで玩具のように金魚鉢の中

疲れた目を閉じて
手の中の古い詩集をおいて
詩の続きを夢見る

風の渡る草原
木陰に寝そべる僕に微笑む
その人は貴なる香木の香りがした
青い湖面の底から眺めるように
木漏れ日は眩しくさざめき
百もの花を渡り歩いた風は
集めた蜜の甘さを歌う
小川の清流に口を湿らし
心をなぞり草笛を鳴らす
本当は心の底にはいつも
優しい調べは流れているよ
母の子守唄のように遠のく懐かしさで

透明な足跡を部屋に残し
頬に触れる風よ
泣いているのかこの温かいものは
誰かと手をつないでずっと
歩いてゆきたいと

さっき浴びたシャワーの最後の一滴
洗濯したシャツは程なく乾いて
真一文字の飛行機雲が
遠く旅立つ人を乗せている

いつの間にか夏の気配がしている
子供もそろそろ目を覚ますだろう
僕もまた泣き出しそうな幕間から
身を起こすこととして