風のささやき

子供の目

少し乱暴に電車が
とある駅に止まった
少し上体を揺らしながら
正座をして窓の外を眺めていた子供が
「ドラエもんがいるよ」と
大層な発見をして大声で告げる

その真剣な眼差しに
何処にいるのと僕が尋ねると
あそこだよと窓の外指差す
爪の伸びた小さな指先を追っても
何も見つけられないでいる僕に
やがて電車は出発を告げ
子供は「もうパパったら、駄目よ」と告げる

ただ謝るばかりの僕も
電車が走り出した頃にはようやく
ビルの窓に貼られていたドラエもんに気がつく
「あった、あった」と子供に告げると
子供は満足そうに笑った
その膨らんだ頬は
冬の陽射しに熟した蜜柑のようだった

ほんとうに子供の目の良さには恐れ入る
というよりもほんとうは
何でも素直に受け入れられる柔らかい心と
飽くことのない好奇心によるものなのだろう

いつの間にか僕が
日常からそぎ落としている風景
生活に不必要になって
あるいは見たくもない現実として

子供の見る風景と比べ
どれぐらい僕の風景は
色と音と香りとを失ったことだろう
僕が心を閉ざしてしまえば
風景の中の僕に触れようとする手も
手を拱くしか術が無くて

いつしか自分が作りこんだ
現実の中に埋め込まれて
苦しんでいる僕はますます
そぎ落とさずにはいられない
僕に触れる豊かさを
灰色の世界にますます
自分を閉ざすために

電車のレールを軋ませる音が
僕の心の呻きと重なった
子供の目の追って行くもの
その口から零れる言葉に
縋ってみたい衝動に襲われた