風のささやき

秋の古本市

人通りの多い商店街に並んだ
古本市を回る
秋の午後はうららかで楽しい

無造作に並ぶ
色あせた背表紙のタイトルは
時間を忘れさせてくれる
古びた宝の地図を読み解くように
夢中になれる

あれもこれもと
目移りのするままに任せていると
読みたい本がありすぎだ
自分の無駄使いの時間が
今更ながら惜しまれてくるけれど

僕は小さな容量の器だから
溜め込めない知識は
諦めるしかないと開き直る
それを背中の太陽は
苦笑いして肯ってくれるようで

本は手に収めたその重さ以上の
何かを教えてくれる
大切な人との出会い同様に
繰り返す友との会話以上に
ページをめくる言葉の中には
その人の生の風景がしみこんでいるから

それがいつの間にか忘れ去られてゆく
たくさんの時間の中に埋もれてゆく
古本市はそんな寂しさにも満ちて

忘れては行けないものを逃さない目つきで
僕は一冊の本を取り出す
随分と長い間
閉じられていたはずのページを開く
懐かしい紙の古びた匂いがしている
僕のことをずっと待っていてくれた一節のようで
僕の指先にも自然と力がこもる

通りの銀杏もたわわに実って
仄かにその匂いも
通りに流れている