風のささやき

夏の午後に

籠の中に無造作に積まれた縁側の茄子が
夏の陽射しに黒光りしている
さっき畑から取ってきたばかりの茄子だ
今もまだ呼吸を止めていない茄子だ
手に乗せればずっしりと重そうな茄子の重量感を
目で感じている僕の腕には
昼寝から目覚めたばかりの子供が
ママはどこかとむつかっている

テーブルの上には蝿が一匹
西瓜の食べ残しを味わっている
随分とゆっくりと
僕が蝿叩きから遠いことを知っていて
それもいいさ
体に力を込めるには
人にも昆虫にもつらく思えてくる
こんな暑い夏の午後のことだから

蝉だけが不用意に木陰に元気だ
僕は額にうっすらと汗を浮かべながら
子供の説得にあたっている
ママは買い物だよ
きっとお菓子を買って
もうすぐ帰ってくるからねと
そうして子供の期待を膨らませる
花火や西瓜割りの話も付け加えたりして

いつの間にか蟻も
台所に上がって着ている
子供たちが食べ散らかしたお菓子を
残らず持って行くがいい
こんな機会はめったにないのだろうから

窓の外に広がる夏の畑の向こうには
こちらを覗き込む向日葵の大きな眩しい顔
僕は元気だよ
心配はいらないよ
それこそ君は元気かと
そんな挨拶を交し合う
僕の足の転んだ擦り傷にもかさぶた
少しずつ癒されていることを覚えて

今日はまだ首の皮一枚つながった茄子は
明日の収穫に向けて望まない体
見えない速度で大きくしながら
不意に風の手にちぎられた
同胞の土と化す姿を下に眺めている

夕暮れ間近の声がする
懐かしい匂いがする
雀の子供が飛ぶ練習をしていたと
そんな報告を今日は聞いたっけ

皆が少しずつ
明日のための努力を重ねて
そのために時の歯車
きしんで回る