風のささやき

桜咲く頃に

花をつけた桜の木は
太陽が桜色に溶け出した
綿あめのように
不思議な境界線をしていた
甘い口どけの

その辺境の辺りには
一昔前の色をした
懐かしい青空があった

人はここぞとばかりに
桜の木の下に集い
楽しげに語らっている
酒を酌み交わしている

それは美しい心持とも言え
ともすれば何かを忘れようとする
乱痴気騒ぎの様にも見え
首筋に冷たいものを感じていたのは
僕だけだったのだろうか

桜吹雪とは良く言ったものだ
僕は散りゆく花びらの舞いに
視界を失いそうになりながら

この暖かな吹雪にはけれど
いつまでも身を隠していたいと
降り積もるその優しい布団にくるまれて
長い時間を眠りたいと

この桜の散った後には
何もなかったように葉が芽吹き
またいつもの単調な生活が
見飽きた波のように押し寄せる
僕は目覚めの時のため息をついて

もう僕を疲れさせるだけの
気だるい甘ったるい春の日 
泡のように小さな希望も
湧くことを止めた春の日

降りて来て吹き積もった花びらは 
再び風に溶け込もうと空を舞い
けれどそれを迎える
風はもうどこにも吹いてはいなかった

地面に無残にも散り
踏みつけられた桜の花びら
それを平気な顔でいる人たちの合間
逃げ遅れてしまった夢の轍