風のささやき

とある春の午後に

もうでてきてもいいよといわれて
芽を出しはじめた銀杏の萌黄
生まれたての蝶の羽のように
皺くちゃで艶やかで

花を開いてごらんと誘われ
おずおずとその通りにしてみたら
折り紙のように折られてしまった
大振りの白い辛夷の花

こちらに向って伸びておいでよと
誘われるがままに
土筆は真っ直ぐに背筋を伸ばし

大地はふかふかの絨毯だ
菫も混ざる蒲公英もいる
桜の花びらは子供たちの道しるべ

だからその上を真っ直ぐ
走る子供はいつの間に
こんな大きくなったのだろう
笑ったままのその後姿に
僕は置いてけぼりにされそうで

この春の風と陽射しに押され
僕の前を走る小さな背中があったこと
僕と目が合うと笑いながら逃げていった
その無邪気な心が可愛らしかったこと

確かにここに残したくて
僕はその小さな背中をつかまえ
肩車をして写真をとった
まだ満開の薄紅色の枝垂桜の下
春の日の僕の戴冠
どんなにか頭の上でバタバタと騒ぐ
その足が誇らしかったことか

桜の花びらが
風に吹かれては
流れゆく川の水脈を
覗き込もうとして
首を伸ばしている
黄色い菜の花が揺れ

やがて遊び疲れ子供は
自分では歩けなくなったとの自己申告

太陽を吸い込んで暖かくなった体
ちょっぴり重いリュックのように
僕の背中にくっ付いた