風のささやき

初めての夏に

夏が親指を押し付けた指紋の跡
のような薄っぺらな雲を
いくつも浮かべている夏の空に向って
お前たちを高く掲げてみる

太陽がその背中を焼いているのが分かるかい
また巡ってきた初めての季節の色に
お前たちが綺麗に染まってくれればいいと
さながら一端の染物士のような心持で腕に力を込めていると

風がお前たちのわきの下をくすぐるのか
我慢しきれずに笑い出す
その口元からは
糸を引いた涎が頭上狙って落とされる

僕はそれをボクサーのような反射神経で
避けたりをして
地面に落ちるその涎は
お前たちが確かに初めての夏につけた痕跡

これからどんな足跡をお前たちが残すのか
それを知る由も今はないけれど

お前たちと最初で最後の夏を
一緒に過ごすトンボも
空の遠くから近寄って来るよ
風がお前たちの噂
きっと伝えてくれたからだ

そうして足元の葉っぱには雨蛙
驚かせなければそこからは逃げ出さずにいるから
じっと手を出さずに見ていようよ
動きたがりのお前たちには
きっと難しいことかも知れないけれど

すべてのものが新鮮に映る目は
とても羨ましい目だ
どれだけ綺麗に
世界が見えているのだろう

その手伝いをしようと僕は時々
肩の上にお前たちを立たせ
遠くまで見渡せるようにして

初めての夏を満喫するには
とても足りないと
口がきけたのなら文句を
言われるのかも知れないけれど

さっき見たすぐりの実の赤さ
興味を持って口にするには
お前たちはまだまだ小さすぎるから
それは来年の夏までのお預けにして

今はその身一杯に新しい季節の肌触りを
素直に感じていてくれ
そうしてその嬉しさ
僕にも分け与えておくれ
生えたばかりの下の前歯を二本
覗かせたその笑顔から