風のささやき

悲しみと雨と

雨が降っている
鉢植えを濡らし 傘を濡らし 
電車を濡らし ビルを濡らし 

雨が降っている
雨だれの音は強くなったり弱くなったり
空の顔色は良くなることもなく

雨が降っている
そうして僕は悲しみで
しっとりと心 濡らしていようと思う
真綿が水を吸い込むように
いつまでも白く汚れぬままで

溢れ出す悲しみはそのまま
静かな涙に変えて
頬はその涙の滑り落ちていく分水嶺

雨が降っている
あの人も今は傘を差しながら
歩いているのだろうか
水溜りをよけながら
その傘の陰に思い出せないその面影も

悲しみは僕の心を謙虚にしてくれる
僕は足りない
足りなさはまた悲しく
けれど僕は自棄にはならない

雨が降っている
母の墓石も濡れているのだろうか
一人で寂しく思っていないだろうか
母に報告することはたくさんあるのに

僕は昔は思っていた
悲しみなんてなくなってしまえばいいと
とても悲しみに自分が
耐えられるとは思っていなかったから
けれどいつからか傘をなくして僕は
悲しみにずぶ濡れになっていたんだ

雨が降っている
花屋の軒先は今日もまた
鉢植えを道路に並べて
如雨露代わりに空を
使っているのだろうか

僕は悲しみにしっかりと根を伸ばそう思う
悲しみの湧いて来るその先にまで深く
そこから伝わってくる震えは
指先から言葉に写し取って

降っている雨もやがては去り
雲間からは明るい陽射しが差し込むだろう
束の間のそれを希望と呼ぶ人もいて

けれど僕は悲しみに心濡らしたままで
悲しみに濡れたままの笑顔を輝かせていようと思う
悲しみは心を洗う
悲しみは途切れない 途切れさせてはいけない
悲しみに濡れた心は 幸いを知っている