風のささやき

朝日の昇る頃に

暗く凍りついた水面に触手を拡げ
朝焼けの赤い陽射しが闇をほぐして行く
存在を忘れられていた波が
深い眠りから目を覚まして船底を揺らす

古びたレンガの壁と壁の合間から
差し込んでくる朝日には船の先も濡れ
人々が目を細めるそれは
押し寄せる今日の出来事への期待

僕はただ明るみ行く様を
言葉無く見上げたまま
僕の五感が感じ取れる以上のものを
感じていようと無防備に心を開け放つ
   
僕の中の深いところで沸き立つ印象
その確かにあるはずの微かなものを
表す言葉を持たずに僕は
肌に過ぎて行く潮風をただ頬に
変わり行く空の色に見入っている

僕の言葉はまだ赤子の拙い言葉から
一歩も踏みだしてはいないのだと思う
僕にはもっとたくさんの経験と印象と
それらを書き連ねようとする言葉の数が必要だ
それでも言葉は拙いままでいるかも知れないが

何処に隠れていたのだろうか
一群れの鳩が空に飛び立って行く
その突然の羽ばたきの音に静寂を消され驚きながら

いつしか僕の言葉も自由になって
すべての物事の上を軽く羽ばたき
例えば今日の朝焼けの色合いを
心なぞるがままに
歌うことができればいいと