風のささやき

いなくなった春風に

万国旗を持ち上げる力もなくなって
春風は不意にいなくなってしまった
汗をかいたコップの水が急になくなるように突然に
空を飛ぶヘリコプターが見つかる当てもない捜索を続けている

残された木立の明るい影だけが
ばつが悪そうにじっとしている
柳の若葉はぐったりとしょげかえっている

僕らもスッとドアから出て行くような気軽さで
姿を消せたらいいのにと
自分の重さに倦んでいる僕は一人思っている

壁にかかったコートは誰のものだったかしらと
君が思うぐらいに
人の記憶の中からも軽くなれたら
不意に僕らしい僕が顔を出すかも知れないから

けれど不用意に僕は
たくさんの僕の印象を垂れ流して生きているから
たくさんの人に染み付いた僕の痕跡を消して歩くには
残されている時間は少なくて

僕の中にもたくさんの人の印象が
積みあがってしまっているから
その多くのところが君だということもあり
簡単に投げ捨ててしまうこともできなくて

僕はますますこの世の中につながれて
僕はもっと重くなって生きることになる
願わくばそれが鉛のように鈍た重さではないことを

風が不意にまた吹いてくる
自在というのか勝手というのか
柳の木がうれしそうに動き出した