新しい春に
春一番が胸に流れる 洗濯物のように 湿った心が乾いて はためきだした ○ 右手から いつの間にか落ちた本 少し開けた窓から忍び込む風は 眠り薬を盛っている ○ 出不精なのに 柄にもなく外に引かれる 明るい陽射しの他にも 外には確かに何かある ○ いろどりを増して 花屋の軒先 小さな花束のそのかず とても賑やかだ ○ 近所のスーパーでは 真っ赤な苺の品評会 子供たちが真剣な眼差しで 見比べている ○ 空には暢気な浮雲が一つ 何に導かれているのだろう 安心して信じて一つの方に 見えない大きな手のひらに 乗っかっているみたいだ ○ 春風に君の手も温かい いつまでもその手を 握り締めていたい 桜の花びらを閉じ込めて ○ また新しい春に巡り合えたこと 素直に喜ぶには あまりにも齢を重ねすぎたかな 新鮮な感動をなくしかけている 悪戯に時間を重ねてしまった 苛立ちもおぼえる ○ この春にも まだ 行きつく先が見えない 春の夕日を一つ 人差し指に灯して ますます茫々とした気分で 漂っている