風のささやき

田沢湖にて

あなたは深い湖の底から湧き上がる
小さな気泡から生まれた

岩と岩の間から漏れ出でた気泡が重なり
やがてそれが地上へと向う
一つの言葉となって
気がつくとあなたはそこに目覚めていた

藍色の水を着物にまとって
漆黒の暗闇で黒髪を染めて

開かれたあなたの瞳は
仄暗い水の底から
遠い湖面に注がれていた

金色の魚のように
ゆるやかに流れに逆らいながら
昇って行く手足に
いつしか水が逆立たなくなったとき
あなたは湖の上に降り立っていた

祝福するように青い月影
銀色に輝く水面は揺り篭のような静けさに
風はいよいよ意味深く
森はいよいよ静けさを増していた

あなたの瞳に映し出されるものは
すべて意味深い答えを持っていた
それを伝えたくて
すべてが身もだえをしていた

あなたの胸の中の一つの言葉が
確かにあなたの胸を熱くしたままだった
生あることの甘露

そうしてもう二度と
深い湖の底に帰りたいと
思うこともなかった

あなたはそれから
静かなたたずまいのまま
湖畔に身じろぎもせずにいる
巡り変わる日々の色合いには
未だ飽きることもなく

あなたの瞳に映るものの答えを
拾い集めたままで