風のささやき

別れ際のバス停で

ステップを踏んで 僕が先に降りて
それに続いて あなたがバスから降りてくる
その横顔が 夕日に赤く濡れて
名前は知らないけれど どこか懐かしい
赤い花に 似ていた

まだまだ 話し足りないような気がして
それでも たどり着いてしまった
バス停にいる 間の悪さに
喉元に ひっかかっている
言葉は もどかしいブロックの塊

あなたは 少し微笑んでいる
僕の好きな その横顔を
風が 当たり前のように触れていく
僕はそれが 羨ましくて
風になれればとさえ 思っているんだ

走り出した バスはもう
随分先の 交差点で
赤信号に 捕まっている
横断歩道を 急いで渡るのは
買い物帰りの 親子連れ

あなたの行く方の そちら側まで
僕も 連れ添って帰れれば
けれど 僕が帰るのは
バスがやって来た ずっと反対の方向

どうして時間は こんなにも
人と人との間に 割り込んで
人と人とを 離そうとするのだろう
心細くなり いつまでも
あなたを 抱きしめていられればと
胸に湧き上がる そんな思いを抑えられずに
それでも 平然としたふりで
いつものように 別れ際の
挨拶の 手を上げる僕に

あなたが応えて 振る手の指先から
夕日が見え隠れして ルビーのようにまぶしい
僕は 目を細めてあなたの方を見る

まるであなたは 夕日に抱かれているみたいだ
あなたの鞄も あなたの靴先も
あなたの髪も あなたの細い肩の線も
どこか 人の世のものではないみたいに光っている

だから 僕の言葉はもう届かないね
いつものように 今はあなたを見送ることにして

あなたの姿が 交差点を過ぎ
小さく 見えなくなるまで
手を 振ったままで

あなたの 別れ際の
「また明日」 の言葉を信じて
あなたに 明日渡したい言葉
胸の内にそっと 繰り返しながら