風のささやき

溺死

腐りかけた魚の目のような
白く濁った灯りで夜を走りすぎる列車
レールは悲鳴を上げる
踏み切りが早鐘の警笛を鳴らす

魚の吐息に満ちた生臭い夜
ぬめる海藻のような風が吹く
鰯のように車の灯りが群がり
照らされた女の横顔には
赤いヒトデのような痣が浮かんだ

夜の闇に息を殺す
ここにいることを知られたら
不意に誰かが襲ってくる恐怖で
翡翠色に点滅する僕だ
夜目のきく大きな口の深海魚
蟹のような目で三百六十度を警戒する

謂れの無い命令を下す標識
ここは「止まれ」
この先は「行き止まり」
ここは「一方通行」右に曲がれと
この手足の所有者は僕ではなかったのか

ビルの壁面の鮮やかな映像が欺く
皆が喜んでいるのだと言う
僕の違和感が悪い夢なのだと
脳を洗おうとする

けれどここでは呼吸ができない
海の奥底にいるようだ
肺は藻のたぐいで苦しくなる

ようやく波間に顔を出して
大きく息を吸ったかと思えば
また口の中に押し寄せる塩っ辛い波で
喉は焼かれ声はしゃがれて

瞳を横切る青空は涙にゆがむ
潮風に流されてトンビは
羽ばたくことを放棄した

地上にいながらに僕は
もっとも苦しく溺れ死んでしまう
自分が死んでいることさえ
気がつかないままに
水面漂う海藻の類に混ざる