地上で溺れる
白く濁った灯りをともし 夜半を走り去る列車 腐りかけた魚の目の乗客を乗せ レールは悲鳴を上げる 早鐘の警笛を打ち鳴らす踏切に 閉じ込められた人たちは 身動きひとつしない 魚の吐息のような 生臭い闇にまみれ 海藻のように ぬめった風が吹く 車の灯りは 鰯の群れのように乱れ 赤いヒトデのような痣を その横顔は浮かべている ここにいると知られたら 不意に誰かが襲いかかる戦慄に 息を殺し 闇に深く沈む僕だ 翡翠に明滅しながら 夜目のきく深海魚のように警戒し 蟹の目で 三百六十度を睨みまわす いわれのない命令を下す標識 ここは「止まれ」 この先「行き止まり」 「一方通行」で右に曲がれと ―この手足は 本当に僕のものだったのか ビルの壁面の映像は 鮮やかに欺く 歓声をあげる人たち 生は喜びにあふれていると 違和感こそ 悪夢だと 脳を派手に揺り動かし 洗い流そうとする けれどここでは 呼吸ができない 海の棺桶に閉じ込められて 圧力が身体を 立方体に押し込む 藻のたぐいが肺を満たし 息が短く苦しくなる ようやく水面に顎を出し 大きく息を吸い込めば 押し寄せる塩っ辛い波が口にあふれ 喉は焼かれ 声はしゃがれて 青い水平線は 涙にゆがむ 潮風に流されてトンビは 羽ばたくことすら もう放棄している 地上にいながら もっとも苦しく溺死する 自分が死んでいることさえ 気がつかないまま 海藻の類となり 夜の街を ただ力なく漂う
地上にいても、息苦しさにつぶれそうになって。Last Updated 2025/11