風のささやき

春風に襟元を引っ張られて

春風に襟元を引っ張られて歩く
必要以上に胸元は大きく膨らんで
ネクタイは地面と水平になびく

春風が靴に透明な羽を生やす
それで交互に動かす足が
疲れも知らずに進んで行くんだ

けれど春風の勢いだけで
世を楽に渡れるほど
甘くはないと知っているから

思いがけずに飲まされる煮え湯に
焼けただれた舌を持つ
疑心暗鬼の表情を
晴れ晴れとできないでいるんだ

それに風に膨らむ胸は空虚だ
空に浮かぶ赤や青の風船ほどに中身がなくて
どこでつぶれてしまうのかも分からない

張り裂ければ飛び出してくる
かき集めたいくつもの寂しさ
まとわりつくいく粒もの涙

だから春風よ
手を放されたそばから
糸の切れた操り人形のように
倒れそうだから

その手を無情に放すのであれば
春風よ そんなに
襟元を引っ張るのをやめてくれないか
強がれる以上に強がっている僕を
さらに大きく膨らませるのは