風のささやき

ポンペイの遺跡にて

明日あなたの微笑が
突然にいなくなったとしたら
この空の下の風景は
どんな風に変わってしまうだろう

いつものように潜り抜けていた扉の取っ手を
もう握りしめることもできない
昨日までの暮らしがすべて
夢のように消し飛んでしまうとしたら
どれ程までに
在り来たりだった昨日までを
悲しく思い煩うことだろう

たった一瞬で
生活を変えてしまう力は
一体何のための悪戯なのだろう
あるいは悪戯と思うのは
運命弄ばれる人の思いあがり

中空に開いたままの部屋には
青空が無慈悲に侵食している
いつかそこにあった生活の香りの
一切を否定するかのように

天を指す柱は
支えるべき重さも持たずに
長い年月をうつろなままに立ち尽くす

広い浴場は雨水をためるばかり
劇場の舞台には芸の欠片も転がってはいない

僕は急に思い出す
さっき通り過ぎて来た街の
青空の下の白い洗濯物を
洗剤と潮風の香りと
窓際にそれを広げ
太陽に向けた皺の多い誰かの母の温もりを

僕は人の匂いを身近に感じたくなって
あなたの肩をそっと抱き寄せていた