風のささやき

水の都に

小さな引っかき傷を
何度もつけられる水面
船の穂先が思いがけなく揺れるのは
そんな海のささやかな抵抗だろうか

その度ごとに握られる僕の心臓
海の上にあっては
小さな船さえもがどれほど
頼もしく思えることだろう

生まれたての朝日は
幼げな乳白色をしている
甘えた波の音は
人々の朝の挨拶と混ざりあい
一日の始まりを
毛布にくるまれたままの人の耳に届ける

観光客を招く
土産屋のショーウインドウが開く
お昼の準備を始めるにんにくの香ばしい香り
オリーブ油が鼻腔にまとわり離れない

潮の香りに混ざり合う
パイプから立ち上る煙
その先に続く
鏡のような海の無尽蔵な恵みに
今日も手を入れ受け取るものを
活気のある市場で交換しながら
人々は生活の糧にする

当たり前の日々の暮らしは
小波の甘い音色を子守唄に
色を変え止まない海原をゆりかごにして
優しく潮風に撫ぜられている
そこから荒々しく抱き起こす乱暴な手が
空から現れることもなく