風のささやき

路面電車に乗って

昨日までとは打って変わって
空には機嫌の良さそうな太陽が昇っている

その暖かさに緩んだ厚着の間から
人々の安堵の溜息が零れ落ちて
クッションの代わりになっているのだろうか

石畳の道がどこか柔らかく感じられて
僕の足取りも軽い昼下がり
道の向こう側には
石畳の街にお似合いの
オレンジの路面電車が
エンジンの火照りを鎮めながら
動き出す時間を待っている

その窓辺には帽子を被って
空を見上げる老紳士の瞳
杖を片手にうつむいている老婆の銀髪
眠ったままで起きようとしない赤子の吐息

それぞれが座席の上で
思いのままの時間を過ごす
一度切りの人生の
ありきたりの時間

お互いのことを
干渉しようとは思わない
穏やかな太陽の日差しに

僕も許されることなら
路面電車の座席に一人
何思うことなく空を見上げながら
遠い異国のどこか分からない場所へと
運ばれて行きたい

青い空と見慣れぬ風景に飽きることなく
きっと昼寝を誘うようなスピードで走る
程よい揺れの路面電車に揺られながら

車掌は真面目腐った顔をして
路面電車を安全に走らせようとやっきになって
僕は目の前を流れて行く風景以外には
無関心になって