夜の白き花
夜の底に淀む街の隅に ひっそりと息づく 名も知らぬ白き花よ 粗雑な街の横暴に その清らかさが 荒らされないようにと ひっそり花を咲かせて 疲れた顔の酔人は 誰も聞かない自慢を繰り返す 虚勢を見透かす無数の目に 射抜かれ傷つきながら 脆い心を大声の盾で守る 通りにはギターをかき鳴らし 自作の歌に声を張り上げる学生 胸にたぎる思いも 調子はずれの歌が打ち消し 急ぐ人たちは 迷惑な顔をして傍らを過ぎる 最終バスのアナウンスが 家路へと急かす お互いを迷惑そうに避ける顔が 交差点を騒がしくする そうして僕もまた 喧噪の夜の住民で 酔った勢いの大きな声を 辺り構わず撒き散らしていた 君の慎ましさに気づき 立ち止まるまでは 白き花よ 君は暴力的な雑音に怯える 清らかさは静寂の中に咲く エンジン音やクラクションは 花を委縮させるだけの威圧 猛々しい言葉は君の前では似合わない 急ぎ飲みこんだ 誰かを傷づける言葉が 棘となって自分の胸に刺さる せめて君を怯えさせないように 花びらを震わせ散らさぬように 君に寄り添う柔らかな言葉を 心の底から探そうとしている