風のささやき

一冊の本に

もうカバーも取れて
僕の手垢だらけになった
単行本をそっと
僕は手のひらに取り出してみる

もうみんなが寝静まった夜更け
誰にも邪魔されることもない一人の時間に
小さな蛍光灯の明かりだけを灯し

紙焼けて黄色くなった
この本のページを
僕は何度 眺めてきたことだろう

たくさんある本の中から出会い
僕の時間のたくさんを注いで
いつもいつまでも詩を心の友とした人の
言葉がぎっしりとつまった重さの

何度もなめる大好きな飴玉のように
詩の言葉を口に含んで
何度も繰り返してきた僕の祈りの儀式

言葉の一片はやがて溶け
喉の奥に消え
騒ぎたつ水面(みなも)のように
僕の胸を揺り動かす

その度に僕は力ある言葉に慰められて
今日の日の僕のために
その詩を書き残してくれたのだと信じられる程

僕は一片の詩を胸に
そっと本を閉じる
まだ火照ったままの
余韻にしばらく浸っていたくて

僕は仰向けに
暗い天上を眺めながら思う
いつまでも詩を友とした人を真似て
僕の生も詩とともにありたいと