風のささやき

銀色の時計に

逃れるように僕の腕から
するりと南国の海中に
落ちていった銀色の時計

青い波間に自由になって
銀色の魚のように光りながら

僕はただ「あっ」という
小さな声をもらし
さっきまで腕に巻かれていた
時計の跡を潮風に涼しく感じていた

僕の腕を離れたあの時計はまだ
海の中で密かに時を刻み続けているのだろうか
人の目の届かないところで
永遠にも似た海の時の流れに合わせて

そうしてホッとしているのだろうか
慌しく時間を過ごすだけの
僕の腕から開放されて

毎日求められる
正確な時間への問い合わせに
応える必要も無くなって

自分の中に生まれるリズムを
勝手気ままに
時計版の上に刻み出しながら

時には魚群の華やかな舞に心躍らせて
波間の屈折に差し込んでくる
青い陽射しに憧れて
ゆらゆらと揺れる海草の動きを楽しんで

僕の腕を離れた銀色の時計は
深い海の中でまだ
僕の知らない時間を刻んでいるのだろうか
誰のためでもない自分だけの時を