風のささやき

引越し

1年僅かの短い暮らしが
ダンボールの中に納められて行く
感慨にふける暇もない
効率的な作業の中で

きっとこんな気ぜわしさに
追い立てられなければ
人は住処を後にすること
思い切れないのかも知れない

窓の外には夏の空
家の中で汗を流している僕等を
もの笑うような青い色をして
箪笥や椅子を移動するたびに
現れる埃だけが待ちきれず
風に乗っては外に運ばれて行く

部屋のところどころには
もうダンボールに
詰め込まれることもない
拾い忘れた会話や思い出の欠片だけが転がり

何もなくなくなった部屋は
随分と声が大きく響くもの
そういえば最初にこの部屋に来たときも
よく声が響いて
広い部屋だと思ったっけ

それから僕らの暮らしの
たくさんのものを納めているうちに
随分と手狭に
感じられるようになってしまったけれど

明日の朝
この部屋を出た僕らの後には
一体誰がどんな思いを重ねて暮らすのだろう
この部屋はもう
その人たちだけのものになって

最後に床を拭いて
僕らの痕跡を消したら
出発の準備も整ったから
夜に身を染めた町を歩いてみる

涼しげな風と丸い夏の月が
昼間の慌しい汗を労ってくれる

古い暮らしはここで終わり
きっとまた新しい暮らしを見守っているから と