風のささやき

去り行く人に

彼女は軽やかな足取りで
僕の家から出て行った
朝日に濡れたドアを開け
彼女の運命を小さな鞄に詰め込んで

さっきまではそこに
眠っていたはずの彼女の面影も
昨日の会話の余韻さえ
綺麗さっぱり片付けられて

あんな小さな鞄に
すべてを詰め込んでいくなんて
驚くほどの手際の良さだ

きっとそれまでには随分と
一人 整理をしていたんだろうね
大切なものとそうでないものとが
噛み捨てたガムのように張り付いてしまう
諸々の生活の出来事を
涙とともに剥したり捨てたりを繰り返しながら

それで体ひとつに小さな鞄で
旅立つことができたんだ
新しい運命も子犬のように従順に手懐けて

白い羽の鳥のような
その綺麗過ぎる去り際は
僕にはとても真似のできないことだったから
ちょっと打ちのめされてしまって
僕はいつものこの町で
友人と昼間から
酒を飲んだりしていたんだ

すべての出来事が
夢のように思えてくる春の午後
何度も繰り返してきた別れの場面と
その人たちの顔を思い出しながら
心から笑うことの出来ない笑いに
少し苦心しながら

小さなバックの中に入って
彼女に従って行った運命が
彼女の上に明るく微笑まんことをと

乾杯のたび
ビールの金色の泡の向こうに
祈ってみるばかりだった