風のささやき

言葉なき夏へ

僕がまた 一人悲しみだすと
ポケット中から 透明な音色の蝉が
耳鳴りのように
ミンミンと 鳴きはじめる

僕は透明な 受話器を耳に宛て
「君は一体どこで鳴いているの」 と
返ってくる返事 聞こうとするけれど
受話器の向こうからは 何も聞こえない

シンと押し黙った 夏の陽射しが
受話器の奥に 意地悪そうに
キラキラと 潜んでいるだけ

その陽射しを 避けようと
白い日傘を 差している
白い服着た お嬢さんたちの
ひそひそ話しも 声はなく

紅を引く 赤い口元だけが
笑うたびごとに 緩んでいる
何がそんなに 楽しいのか 
目には涙を 一杯に溜めて

ひまわりも 案山子も
瓦も 窓も 葉っぱの一枚も
川も 山さえ
みんな 黙っている

きっと僕の 知りたい秘密の夏の言葉
何の苦もなく 話しているんだ
それが時として 僕のポケットの中に漏れてくる時に

僕は言葉の 靴を履いて
その眩しい 陽の下へと
走り出そうと するのだが
いつも 一歩一歩がもどかしいまま
声なき受話器に 最後は
あてのない耳を 当てる
僕の言葉は どこまでも無力だ

だから 僕の悲しみは
その罰のために
いつまでも 尽きることないんだ

夏の樹々が 光り輝く
白い 雲が銀色に棚引く
青空の下に 僕も
自由な嬉し涙 流していたいのに