風のささやき

春の花屋で

店先に 並びきれないほどの
花つけた鉢植えと 新鮮な花束を置いて
春をお裾分けする花屋の 忙しい仕事
その心地よさそうな 額の汗と
うれしそうな笑顔とは
世界で一番 楽しい仕事のようだ

まるで 花の香りに寄ってくる
蝶や蜂と 見間違わんばかりに
人は店先に近づき 足をとめる
「私が一番きれいよ」と自慢げに顔見せあう花の
優劣をつけられずに 迷いながらも
その春らしい悩みを 楽しんでいる

チューリップ パンジー 菜の花
僕が言える花なんて たかが知れている
こんなにも多くの花が 春を待ちわび
土の中で 力を蓄えていたこと思うと
春は本当に 待ち望まれていた季節だ

そうして 僕も
寒い季節が 早く過ぎ去ればいいなと
厚着の服 着込み
心から 思っていたから

けれど春は 予想外の速さで訪れ
その足取りの テンポの良さに
ちょっと戸惑っている僕は
少しでも 長い時間
暖かな季節の始まりを 楽しんでいたいけど

僕の肩に手を置き春は すぐに僕を置き去りに
走り過ぎてしまおうとするから
春風の吹きすぎた 透明な轍
何もない空 見上げてしまうよ

待ってはくれない 時の速さに
視線は 追いつけないまま
焦りだす気持ちに 慌てながら

抱きかかえられた子供は
まだ何度も訪れる季節には 無関心に
あくびさえして 気持ち良くまどろんでいる

そんな子供の暢気さを ちょっと妬ましく思いながら
それでも 今は
春を祝福する花たちの喜び 素直に胸に感じて
君へと渡す 花束の色に焦りを軽くして

そうだね 僕も暖かな一時に
足をとめている 暇はないしね
時間よりも早く 先に行くことは難しいけど
こんなにも まだ新しいものに向かって
歩き出さなければ いけないからね