風のささやき

アルハンブラ宮殿にて

長い年月に すっかりと赤く
夕日に 染まって輪郭を柔らかくした城
昔日の 高ぶる火照りも
土の壁に 厚く塗りこめられてしまい
静かな憧れだけが 精緻な模様の壁の上
今も 漣のように震えている

熱風吹き上げる 砂漠の昼の
喉を焼く渇き 癒されぬ時間も
疲れたラクダの 涙を拭った襤褸も
すべては青い空の下に 忘れられた記憶
四角い中庭の 切り取られた空だけが
奥の方で キラキラと光り
その消息を 伝えている

オアシスに ありたいと思う
それはかなわぬ 願いだと
人は知っているはずなのに
雪解けの 尽きない水に守られた
潤う大地を巡る 星と月の幻想

どれぐらいの穏やかな 日差しが
高い窓から 部屋をほの明かりに照らし
涼しい風の夜は 騒ぐことなく
巡って行ったことだろう

ライオンの彫刻の背中
光りながら湧き出ている 水の音
その快い物音が
耳元に 届かなくなることなど
決して ないはずだった
噴水の面には 昔と変わらぬ姿の塔が
風に優しく 触れられていた

   ○

僕は 真昼の夢を見ていた
僕の走る 足音に合わせて
深い森の中を 強い日差しが差し込んでくる

湿った 苔のにおいを
肺一杯の ご馳走に変えると
やがて木陰に 静かな水の音が響いていくる

僕の喉を 潤す小さな水路
そこに頭をつけるように
若い緑のしだが 冷たい流れに光っている

僕は 薫り高いジャスミンの花
たくさん 摘んだ籠を
その瀬音の祝福に 捧げていた
小さな 儀式のように
水面を運ばれていく 白い花

澄んだ湧き水の上に 陽がこぼれている
水の透明な流れと光とが 幾重にも重なり
小さな 影を織りなしている
尽きることのない 祈りの手
憧れは 夢見たままに ここにあると