風のささやき

修道院の中庭に

  ○夕刻に

この修道院の中庭に
ゆっくりと 休みに来た夕日
さあ 僕と一緒にここで休もう
僕も一人 この土地に来て
言葉交わす者を 求めたりもするから
おまえも そんな風に
誰かに 話しかけたくなったんだろう

レモンの木陰に座る僕に
どこかすっぱい 後味が残っているのは
レモンの果実の ほとばしる酸味
それとも僕の胸から 染み出してくる
生を巡るものの 糸の切れたような寂しさ

繁った葉の間から見る
教会の尖塔は 夕日が休む憩いの場
鳩がゆっくりと 毛づくろいをする時間
屋根の隙間には 乾いた夏草が
枯れ果てたままの姿で 横たわっている

回廊の真ん中には すり減った噴水
どれだけの水が 流れていったのか
輪郭をすっかりと 丸くしている彫刻の上に
光ながら 巡ることをやめない透明な水

さるすべりが 昼の名残に
むらさきの花を 咲かせている
このベンチに座り 夕日以外にも
何かが訪れはしないかと 待っている僕に

優しく肯う風が 寄り添い
さあ もう歩き出すようにと伝える
すべての苦しみを そのしわの奥に刻み込んで
輝かしく笑う 修道院の老女のように
その優しい 励ましの手のひらに
僕はまた 少し歩き出す足の力を覚えてみる

  ○夜に

中庭から見る 四角い空を
覆い隠すように 星は輝き
毎日 挨拶を重ねるその顔は
遠い異国に 誰よりも親しく
僕の胸に 飛び込んでくるもの

もう祈りの声も 程よい疲れに
寝静まってしまう頃の
少し冷たい 夜のとばりが
肩を 小刻みに震えさせようとするから

最後のランプも 消えて
人々の寝静まった 中庭に一人
どこからか聞こえてくる 最後の鐘は
鼓膜を揺らし 心地よく響く
光に濡れた音色は 星の間を渡ってきたから

僕の物思いは きっと僕の物思いの先には行けない
星屑の間を 巡るすべを知らず
小さな胸に 消えていく
今日の僕の 静かなあきらめ

言葉なき憧れは やがて星屑に変わって
星々の間から 砂時計のように
こぼれ落ちる こともあるだろうか
すべては 静かにささやく
星の胸の 秘め事