風のささやき

トレドにて

  ○大聖堂で

祈りの言葉は いつも静謐な暗闇に
静かに 頭もたげる
祈りは 祈りの言葉を呼び
それは天井支える 柱のしみとなって
訪れる人々の 耳元に語りかけてくる
そのささやきに人々も 応えずにはいられない

祈りを天へ 届けようとする
小さな翼の天使達が 目指す先には
ステンドグラスの 光あふれた
祝福された場所

やがて 許しの場所を過ぎて
聖母の 白き胸に抱かれた祈りは
幼子のような 甘い夢を見て眠る

地上から尖塔を 見上げるだけの
どこか すすけた顔の僕を
暗闇の いたるところから
見つめている 深き眼差し

僕のすべてを 見通している
振り向けば すぐそこに
その人が いるようで
声にならない祈りに 僕も誘われている


  ○小さな広場で

金色の 髪の子供が
赤茶けた 陽射しに
愛さずには いられない
あどけない 笑いをする

さっきオリーブの木陰で
悪戯に僕を覗き込んでいた 天使の姿のようだ

地面に落ちた まだ新しく白い羽根は
僕に見つかって 彼が
慌てて 落としたもの

銀色に光る 葉っぱ揺らすオリーブに
慌て者の羽根を 僕は差しておいた
きっと後から 彼が捜しにくるだろうと思って

今 僕の頬に口付けして通り過ぎた風は
きっと 天使のお礼だったに違いない と


  ○街角で

磨り減った 黄色い石畳の上を
何万の足が 通り過ぎていったことだろう
喜びや懊悩を 松明のように
頭に 点らせながら

その人たちも 今はいない
白い壁に 浮かび上がるしみは
消えないままの 悔恨なのか

日陰になった道の 先の方では
太陽の 匂いがしている
その道の奥からは 大聖堂で僕を見つめていた
その人の呼ぶ声が 響いているようで

呼ばれるがままに 僕は
細い通りを 歩いて抜ける
するとまた その奥の方で
僕を呼ぶ 新しい声

幾筋もの細い道は その人へと続く道
日陰になった道も
きっと その人へと続く道

街角ごとに 呼ばれるがままに
僕は 歩みを続ける
さらさらとした 茶褐色の風に
背中を 押されながら