風のささやき

何の夢の最中に
お前は花を開かせたのか 桜よ
どこか遠い世界で 一人夢見つづけるように
梢には 白い残像の花影だけが残る
かすかに甘い香りも 息をきらせた春風が
わずかに 掠め取ってきた贈り物

木立並ぶ 桜色の回廊を
ゆっくりと歩む 僕の目は
陽射しに透ける 桜色に幻惑されたまま
その夢の合間に 漂おうと
あてどない視線を 泳がせて

けれどお前の夢は 人を待つには
あまりにもせわしなく 終わる
一人 お前は夢を見尽くして
それとも 空の青い深みに
夢の届かない 先を見て
哀しみに 血の気を失うからなのか

とても短く はかない夢が
一つ一つ 風の手に埋葬されて
地に降りて行く様を
人は 宙に縫い付けておく術を知らない

白い道は 散り散らかった
桜の花びらの 夢の亡骸
花びらの 一つ一つに
時間が苦い 指紋を捺しつけて行ったから

春風はやがて 箒を忙しげに動かし
花びらをどこかへ 運んでいくのだろう
その運ばれる先は 誰にも伝えられぬままに

けれどきっと 桜はまた
新しい夢に 花を咲かせる
夢は 夢を呼び求め
夢は 夢の声に続くだろう

僕は小さな枝の 一輪の桜
手に手折ってみる
地に落ちる前の
匂い立つ夢 あなたに届けたくて