風のささやき

夢の中の人に

最後まで点っていた
本を読むための 枕もとの明かり
一息に吹き消すように
あなたが「おやすみ」を告げると
それが僕の 一日の終わりの合図

今しがたページを閉じた
本は 語ることを止め
頭の中に 余韻を残す
テレビのニュースも
すでに遠い出来事

もう 今日の悪あがきは止めた
静かになる部屋 目をつむる僕の体に
覆い被さる暗闇は 僕の手足の心地よい重さ
穏やかな眠りに 僕を手繰りよせる

夏の夜 開け放たれた窓からは
真昼の体温に 火照ったままの暑い風
車の クラクション
まだ働いている 電車の軋み
遊び足りない うかれた人の
耳ざわりな 独り言を乗せた

いつも 眠りにつくまでに
少し時間のかかる 僕の耳には
もうすっかりと 夢の中の住人となった
すこやかな あなたの寝息だけが
どこか懐かしい 星空の音信のように

いつでも 手につかめそうな高さに
けれど手を伸ばせば 
届かない深みに 遠くままたいている
静かな 夜の捧げもの

僕が暗闇に 心安らかにいられるのは
あなたがそんな 方位磁石のように
僕の居場所を 夜空に教えてくれるから と
たわいもないことを 考えているうち
耳ざわりな音も まどろみにとけて

明日の朝も あなたの傍らで
目覚めることの どんなにか
僕はうれしくなれるだろう と
楽しい夢に微笑む あなたの耳元
そっと ささやいてから眠る