風のささやき

春の歌

今日も何気なく あなたと
一緒に過ごせた 一日に
いつものようにあなたが 笑っていられたこと
ふざけあう言葉が どこか楽しくて

「ほら、あそこの鉢植えには
 誰かさんのように眠たそうな
 だらしのないスミレ」
「いつも寝ぼけている人には
 言われたくない、そんな言葉」

すっかりと 軽い陽射しに 装った街の
笑った春の口もとには 無造作に花が活けられている

「この甘い香りはつつじの香りかしら」
「そうじゃないかな
 ミルク色のつつじなんかはお菓子のようで
 一口につまんで食べられそうだね」

そんな会話を 伝えて渡る南風に
若葉がクスクスと笑っている
とまどっているのは そんなたくさんの笑い声で
重たく揺れている 梢たち

「ねえ梢に残る 散り遅れた桜は
 花占いのようだと思わない
 一秒ごとに花びらを散らして」
「身を散らすほどに 誰かを好きな恋占いかな」

 ―そんな風には 僕の思いは激しくはないけれど

あなたと並んで歩く風景が
あたりまえのものに 僕にはなって
毎日通る いつもの道も
一足ごとの あなたとの会話に
忘れられない風景として
胸に 描かれていくから

知っているかい
雨上がりの朝の さわやかな風
青い空を映した 水たまり
若葉も眠る 日溜りの午後
遠いところの 大火事のような夕焼け
この春の出来事の 一つ一つが
あなたの瞳に拾われて
僕の胸に 静かに積み上がっていること

「花壇舞うミツバチは、迷い箸のようだね
 あんなに花が一杯だと、やっぱり迷うよね」
「浮気性だからじゃない」

「きっと僕らの鉢植えの蕾も
 もうすぐ白い花を咲かせるかもね」
「花の名前さえ知らないくせに」

―少し意地悪なあなたから
 新しい花の名前を 僕はまた胸に刻み込む

足元に転がってきた 白いボールを
小さなグローブの子供に
投げ返す青空には
あなたに吹く さわやかな風

そんな風に 手をひかれるがまま
訪れる毎日に身をゆだねて 暮らしていくこと
あなたとの時間に 肩の力を抜いて

「今日の夜は 何を食べようか」

ほんとうは 何でもいいのだけれど
あなたとの会話で 飲み込む
食事であるのならば