風のささやき

春の岬

灯台の光も届かない水平線に
落ちて行こうとする 煮崩れたような春の夕日
菜の花もどこかオレンジがかって
あの海原からの色続き
どこまでも歩いて行けそうで
切り立つ岬に足を向ける

燃える瞳に 見つめられて心は
いとも簡単に燃え上がる
一瞬で炎が包んだ 一片の便箋のように
言葉も一緒に 灰になってしまって

静かになる僕の心には
また淡い歌が立ち上がる
子供の頃 母の背中で聞いた
歌声よりもかすかな調べ
言葉も無く 心に湧き出す 透明な歌

その歌の郷愁に呼ばれて
どれだけの距離を 
帰ればいいのかも分からずに

僕が 羽ある者ならば
潮風に任せる かもめを真似て
鳴きながら広い海原を
飛んでいくだろうに

力いっぱいの羽ばたきが
許すがままの 強さで風をつかみ
空にあることを 僕の幸いにして

夕日はやがて 水平線に落ちて燃え尽きる
海には既にその灰が降り
立ち尽くす僕はまた 羽をもたない
静かなあきらめに
頭を上げる 薄墨色の空を見る

風が大地を 持ち上げようとする
菜の花が頭を振っている
やがて空には薄いゆず色の月が昇る
終わらない旅の途中に
一人 僕はいるのだと