風のささやき

夕焼けの里に

大正八年とかすかに
毬をつく狛犬の台座には 読みとれる
風月に肌をやわらげた 石の手触り
ひんやりとした苔の緑

喧噪から離れ 美しいものを見たくて
訪れた夕焼けの里 小さな神社の境内には
しかし 特別な夕焼はなく
せちがらい都会の夕日が ここにも巣食っていた

僕にのしかかる 大木には風のささやき
一人ため息をつき 子供のように石をけり
僕はその 少し冷たい肌に触れながら

ー昔 遠足で 山道を歩いていたときに
 なにげなく一本の 木の根本の穴に
 光るものを見つけて 手を入れたら
 大きなくわがたを捕まえた
 今ではデパートなどでよく見かける
 黒光りするその背中 思いがけない宝物に
 驚く僕を見ていた 友人の一人が言った
 「かわいそうだから戻してやれよ」と
 僕を見るその唇を 少し突き上げて
 彼も欲しかったのだろう あのくわがたを
 そのまなざしを何故か 思い出していた

プラットホームでベルに せかされるように
人の背を押し 電車へと乗り込む
あの男の子も 代わりばえのない
そんな毎日を 続けているのかもしれない
誰もが身を隠せる言葉の陰に 自分を押し殺して
どこかすねたような あの上目づかいのままで
ーまるで 今の僕のように

帰り支度の僕はまた
裏切られたかすかな期待を
ねじこむのだ ポケットに
少しは痛む 胸の失望には
そんなものだと言葉をかけて
今日の一日を 悔ゆることもなく
「いつもと同じ一日」と 日記には記そうと